4日に放送された『垣花正あなたとハッピー!』のゲストコーナーに昨季まで日本ハムでプレーしていた斎藤佑樹さんが登場し、現役引退を決めた理由について語った。
斎藤さんは早稲田実業高3年夏の甲子園で、青いハンカチで汗をぬぐうことからハンカチ王子と呼ばれ、夏の甲子園大会決勝では、田中将大(現楽天)がいた駒大苫小牧と再試合の末に全国制覇。早稲田大進学後は、東京六大学野球史上6人目となる30勝300奪三振を達成した。
2010年にドラフト1位で日本ハムに入団し、プロ1年目の11年に6勝6敗、防御率2.69、オールスターにも出場した。2年目の12年は5勝8敗、防御率3.98という成績を残したのを最後に、故障にも泣き登板数が減少。20年は一軍登板がなく、21年限りで現役を引退した。
斎藤さんは引退をするにあたって相談は「誰にもあまりしていなくて、(武田)勝さんに報告したのも発表したあとで報告しました。意地でもあるんでしょうけど、誰かの意見を聞いてしまうとまた迷ってしまうなと。正直、自分の体が思うように動かなかったですし、これ以上プロとして体を動かして投げるのは無理だと思ったので、そこで誰かに相談したところで考えは変わらないだろうなと。相談した相手に対して、その方が一緒に悩んでもらうようなことはしたくないなと。それで自分一人で決めたという感じですね」と説明した。
「ただ僕の野球人生は幸せだったなというのが総論で、“もう1回斎藤佑樹という人生をやり直せるとしても、もう1回同じ人生を歩みたいなと思います”。そのくらい野球をこれだけやれたのは幸せだなと思います。いろんな方に助けてもらいながらやれた。野球選手として成績がといわれると、すみませんでした!なんですけど、人との出会いとかを含めて楽しかったというところですね」とこれまで支えてくれた方々に感謝の思いを述べていた。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
斎藤さんは早稲田実業高3年夏の甲子園で、青いハンカチで汗をぬぐうことからハンカチ王子と呼ばれ、夏の甲子園大会決勝では、田中将大(現楽天)がいた駒大苫小牧と再試合の末に全国制覇。早稲田大進学後は、東京六大学野球史上6人目となる30勝300奪三振を達成した。
2010年にドラフト1位で日本ハムに入団し、プロ1年目の11年に6勝6敗、防御率2.69、オールスターにも出場した。2年目の12年は5勝8敗、防御率3.98という成績を残したのを最後に、故障にも泣き登板数が減少。20年は一軍登板がなく、21年限りで現役を引退した。
斎藤さんは引退をするにあたって相談は「誰にもあまりしていなくて、(武田)勝さんに報告したのも発表したあとで報告しました。意地でもあるんでしょうけど、誰かの意見を聞いてしまうとまた迷ってしまうなと。正直、自分の体が思うように動かなかったですし、これ以上プロとして体を動かして投げるのは無理だと思ったので、そこで誰かに相談したところで考えは変わらないだろうなと。相談した相手に対して、その方が一緒に悩んでもらうようなことはしたくないなと。それで自分一人で決めたという感じですね」と説明した。
「ただ僕の野球人生は幸せだったなというのが総論で、“もう1回斎藤佑樹という人生をやり直せるとしても、もう1回同じ人生を歩みたいなと思います”。そのくらい野球をこれだけやれたのは幸せだなと思います。いろんな方に助けてもらいながらやれた。野球選手として成績がといわれると、すみませんでした!なんですけど、人との出会いとかを含めて楽しかったというところですね」とこれまで支えてくれた方々に感謝の思いを述べていた。
(ニッポン放送ショウアップナイター)