17年育成ドラフト2位で入団しオフに支配下選手契約となったロッテの森遼大朗が、7月30日のオリックス戦でプロ初登板を果たした。同日のオリックス戦で同じく17年育成ドラフト1位でプロ入りした和田康士朗も代走で出場。“17年育成ドラフト組”が同じ日に一軍の公式戦に出場したのは、感慨深いものがある。
ロッテは同年のドラフト会議で、ドラフト1位で安田尚憲、2位で藤岡裕大を指名。今では一軍のレギュラーとして出場することの多い2人だ。藤岡は1年目から全143試合に出場し、安田も1年目のオープン戦でサヨナラ打を放てば、10月2日のソフトバンク戦でプロ初本塁打を放った。さらに同4位の菅野剛士も、藤岡とともにルーキーで開幕戦に出場するなど、53試合に出場した。
森と和田の2人は当時、育成選手。“ロッテ浦和球場”で支配下選手登録を目指し技術を磨いた。和田は3月24日のヤクルト戦で、「得意なコースに来たので自然と身体が反応してくれました」とプロ初本塁打となる決勝本塁打を放つと、6月29日の四国IL選抜との練習試合では「レフトフライだと思っていたので、あれは風なので(笑)」と謙遜しながらも逆方向に先頭打者本塁打を放った。
当時の和田は「練習の時は逆方向を意識しているので、アウトコースの球をへっぴり腰にならないようにスイングすることを意識しています。そういうことを確認しながら練習していました」と逆方向を意識して打撃練習をおこなっていた。
現在は自身の武器となっている盗塁は1年目ファームで6盗塁を決めたが、失敗は7個と多かった。同年秋のキャンプで大塚明コーチからスタートとスライディングを教わり、その年のオフに行われた「2018アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)」で8度の盗塁機会で失敗は「0」と活躍。その後、「二軍のときはでたらめというか、何も根拠なく走っていた。大塚さんにも根拠をもって走れと言われたので、台湾ではそれが出せたと思います」と振り返っていた。1年目の秋季キャンプで今の和田を支える“盗塁”、“走塁”について磨き始めていた。
一方左膝の手術明けということもあり入団会見に松葉杖姿で参加した森は、18年1月に行われた新人合同自主トレは別メニュー。「トレーナーの方たちとか考えてくれて、そこまで負担のかからないようなメニューを組んでもらっている。すごくやりやすくしてもらっています」。6月に二軍の全体練習に合流。
「試合で投げられたのは良かったかなと思います」と、9月9日のBC・武蔵との二軍練習試合でと初実戦を踏み、「練習試合で投げたのがあったので、そこまで緊張とか不安はなく挑めた部分があります」と、同年9月19日の楽天戦で公式戦デビューを果たした。
二軍の公式戦はこの1試合にとどまったが、シーズン終了後にはフェニックスリーグ、アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)で実戦経験を積んだ。
「シーズン中にほとんど投げられなかった。ウインターリーグではしっかり腕を振って投げようと思って入りました。台湾でそういう機会を与えてもらったのは自分の経験にもなったし嬉しかったです」。
プロ1年目から育成選手として二軍で目立った存在だったかと言われたら、そうではない。支配下選手登録になるために当時和田は「一番は体を作っていくこと。体を作っていく中で、自分の持ち味である足の速さを落とさずにやっていきたい」と話せば、森も「まずは体をしっかり作って、ゲームでちゃんと投げられるようになって、そこでちゃんと評価してもらえれば上げてもらえるんじゃないかなと思います」と、しっかりと目標を持って目の前のやるべきことを一つ一つクリアしていった結果、和田が3年目のシーズン前、森が4年目のシーズンオフに支配下選手になった。
和田は昨季盗塁王を獲得したとはいえ、現在もレギュラー獲得を目指す選手で、森も一軍定着を目指す立場の存在、現在進行形で成長を続ける選手たちであることを忘れてはならない。彼らが将来、同期入団の育成選手で現在は一軍で主力となっているソフトバンクの千賀滉大、甲斐拓也、牧原大成のように、一軍の舞台でバリバリと活躍する姿が見られる日が来ることが理想的。今に満足することなく、貪欲に成長していって欲しい。それが、マリーンズの未来のためにもなる。
取材・文=岩下雄太
ロッテは同年のドラフト会議で、ドラフト1位で安田尚憲、2位で藤岡裕大を指名。今では一軍のレギュラーとして出場することの多い2人だ。藤岡は1年目から全143試合に出場し、安田も1年目のオープン戦でサヨナラ打を放てば、10月2日のソフトバンク戦でプロ初本塁打を放った。さらに同4位の菅野剛士も、藤岡とともにルーキーで開幕戦に出場するなど、53試合に出場した。
森と和田の2人は当時、育成選手。“ロッテ浦和球場”で支配下選手登録を目指し技術を磨いた。和田は3月24日のヤクルト戦で、「得意なコースに来たので自然と身体が反応してくれました」とプロ初本塁打となる決勝本塁打を放つと、6月29日の四国IL選抜との練習試合では「レフトフライだと思っていたので、あれは風なので(笑)」と謙遜しながらも逆方向に先頭打者本塁打を放った。
当時の和田は「練習の時は逆方向を意識しているので、アウトコースの球をへっぴり腰にならないようにスイングすることを意識しています。そういうことを確認しながら練習していました」と逆方向を意識して打撃練習をおこなっていた。
現在は自身の武器となっている盗塁は1年目ファームで6盗塁を決めたが、失敗は7個と多かった。同年秋のキャンプで大塚明コーチからスタートとスライディングを教わり、その年のオフに行われた「2018アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)」で8度の盗塁機会で失敗は「0」と活躍。その後、「二軍のときはでたらめというか、何も根拠なく走っていた。大塚さんにも根拠をもって走れと言われたので、台湾ではそれが出せたと思います」と振り返っていた。1年目の秋季キャンプで今の和田を支える“盗塁”、“走塁”について磨き始めていた。
一方左膝の手術明けということもあり入団会見に松葉杖姿で参加した森は、18年1月に行われた新人合同自主トレは別メニュー。「トレーナーの方たちとか考えてくれて、そこまで負担のかからないようなメニューを組んでもらっている。すごくやりやすくしてもらっています」。6月に二軍の全体練習に合流。
「試合で投げられたのは良かったかなと思います」と、9月9日のBC・武蔵との二軍練習試合でと初実戦を踏み、「練習試合で投げたのがあったので、そこまで緊張とか不安はなく挑めた部分があります」と、同年9月19日の楽天戦で公式戦デビューを果たした。
二軍の公式戦はこの1試合にとどまったが、シーズン終了後にはフェニックスリーグ、アジア・ウインターリーグ・ベースボール(AWB)で実戦経験を積んだ。
「シーズン中にほとんど投げられなかった。ウインターリーグではしっかり腕を振って投げようと思って入りました。台湾でそういう機会を与えてもらったのは自分の経験にもなったし嬉しかったです」。
プロ1年目から育成選手として二軍で目立った存在だったかと言われたら、そうではない。支配下選手登録になるために当時和田は「一番は体を作っていくこと。体を作っていく中で、自分の持ち味である足の速さを落とさずにやっていきたい」と話せば、森も「まずは体をしっかり作って、ゲームでちゃんと投げられるようになって、そこでちゃんと評価してもらえれば上げてもらえるんじゃないかなと思います」と、しっかりと目標を持って目の前のやるべきことを一つ一つクリアしていった結果、和田が3年目のシーズン前、森が4年目のシーズンオフに支配下選手になった。
和田は昨季盗塁王を獲得したとはいえ、現在もレギュラー獲得を目指す選手で、森も一軍定着を目指す立場の存在、現在進行形で成長を続ける選手たちであることを忘れてはならない。彼らが将来、同期入団の育成選手で現在は一軍で主力となっているソフトバンクの千賀滉大、甲斐拓也、牧原大成のように、一軍の舞台でバリバリと活躍する姿が見られる日が来ることが理想的。今に満足することなく、貪欲に成長していって欲しい。それが、マリーンズの未来のためにもなる。
取材・文=岩下雄太