話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月22日・23日に行われたプロ野球日本シリーズで、東京ヤクルトスワローズ・高津臣吾監督と、オリックスバファローズ・中嶋聡監督が見せた「選手起用」にまつわるエピソードを紹介する。
第1戦・第2戦ともに、最後まで予断を許さない白熱のゲームが展開された今年(2022年)の日本シリーズ。ヤクルトとオリックスは昨年(2021年)も6試合すべて僅差の息詰まる戦いを見せてくれましたが、今年のシリーズも昨年のような、いや、それ以上の名勝負になりそうな予感がします。
特に23日の第2戦は、最初からブルペンデーと決め、早めの継投策に出たオリックス・中嶋監督の策が当たり、8回までヤクルト打線を完封。対戦成績をタイに戻したかと思いきや、9回、ヤクルトは代打で登場した高卒2年目・内山壮真が土壇場で同点3ラン!
なぜあの場面で、経験が浅い2年目の選手が起死回生の一発を打てたのか? それは内山がキャッチャーであることも大きかったと思います。今回ヤクルトは、今季限りで現役を引退した嶋基宏をコーチとしてベンチに入れています。シーズン中、常に嶋の隣に陣取り、配球などについてアドバイスを受けていた内山。それは嶋が楽天在籍時に、野村克也監督(当時)の隣に座り、リードを学んだ姿に重なります。
内山が嶋から学んだことは、試合に出ていなくても、常にゲームに集中。いつでも戦いに加われる準備を整えておくことの大切さです。内山はベンチで、オリックス・阿部翔太の配球をじっくり観察していたはずで、嶋コーチからも何らかのアドバイスを受けたのでしょう。“師匠”嶋コーチについて、内山はこう語っています。
この内山の1発で試合は振り出しに戻り、両者譲らず延長12回引き分けとなりました。試合時間は、日本シリーズ史上2番目の長さとなる「5時間3分」。時刻は午後11時を回っていました。選手・監督、そして球場で観戦した観客の皆さん(筆者もその1人です)には「お疲れ様でした」の一言です。
第1戦はエース・山本由伸を立てて落とし、第2戦は勝ちゲームをまさかのドローにされたオリックス。ファンとしては2連敗したような気分でしょうが、冷静に考えればまだ1敗しただけです。第3戦からは本拠地・京セラドーム大阪に戻りますし、勝負はまだまだこれからでしょう。
ところでこの2試合を観てあらためて感じたのは、高津・中嶋両監督の選手起用の妙です。内山もそうですが、今回の登録メンバーを見ていると、昨年の日本シリーズには出場していなかった若手選手がけっこう抜擢されているのに気付きます。しかも両監督ともに、彼らを重要な場面で起用。選手への信頼感があってこそです。
第2戦、山﨑福也→山﨑颯一郎→宇田川優希→ワゲスパック→阿部のリレーは、もしあのまま完封していたら、中嶋監督の会心のゲームでした。7・8・9回を任された後ろの3人は、昨年のシリーズにはいなかった選手です。延長戦に入ってから急きょ登板した本田仁海・近藤大亮もしかり。2人ともヤクルト打線を無得点に抑え、大舞台できっちり仕事をしてみせました。
この試合でいちばん驚いたのは、9回、同点に追い付かれ、なおもノーアウトの場面で、中嶋監督が阿部を代えなかったことです。ブルペンが手じまい状態になっていたため、すぐには代えられない状況ではありましたが、ヤクルト打線は、山田哲人・村上宗隆・オスナのクリーンアップ。しかし、中嶋監督は平常心ではなかったはずの阿部に続投させました。なかなかできないことです。
平野佳寿に代わる守護神の有力候補・阿部。こういう修羅場での経験を積ませたい、という意図と同時に「お前なら抑えられるはずだ」という無言のメッセージが込められているのを感じ、観ていて思わず胸が熱くなりました。
その思いにみごと応え、山田をセンターフライ、村上をファーストゴロ、オスナを空振り三振に仕留めてみせた阿部。これが彼本来の実力であり、クリーンアップを抑えたことで、いいイメージで次戦を迎えることができます。もし打たれたまま降板していたら、同点3ランを引きずっていたはず。結果的に傷を浅くしたこの采配は、中嶋監督のファインプレーでした。
一方、高津監督も「信頼」の采配を見せてくれました。延長12回表、この回から登板した田口麗斗が吉田正尚をファーストライナー、小田裕也を三振に仕留めた場面で、高津監督は2年目右腕・木澤尚文にスイッチします。
右の代打・頓宮裕真が出てきたこともありますが、そのまま田口に任せてもよかったところ、あえて木澤を連投させた高津監督。背景にあるのは、大舞台の経験を積ませたいという意図はもちろん、木澤に対する絶大な「信頼感」です。リリーフだけで、サイスニードと並ぶチームトップの9勝を挙げた木澤。「投のMVP」と言ってもいいでしょう。ここは木澤に託すのがいちばん安全、と指揮官は判断したのです。
ところが……木澤は頓宮にヒットを許し、続く紅林の打席で、代走の佐野皓大が盗塁。カウント2-2から、木澤の投じたフォークを捕手・中村悠平が捕れず後逸してしまいます(記録は暴投)。佐野はホームインし勝ち越し!……と思いきや、ボールがヤクルトベンチに入ったためテイクワンベースの扱いとなり、佐野は三塁へ戻されました。
ヤクルトにとっては幸運でしたが、紅林は四球を選び、2死一・三塁と依然ピンチは続きます。しかし、ここで踏ん張った木澤。続く伏見寅威をサードライナーに仕留め、これでヤクルトの負けはなくなりました。木澤も阿部同様、逆境に陥ったときの心の強さは抜群で、こういう痺れるような場面で投げることで、さらにメンタルは強靱になります。
「育てながら勝つ」を実践し、リーグ連覇を達成した高津監督と中嶋監督。その背景には、選手を信頼する心があり、だから両チームは強いのです。
第1戦・第2戦ともに、最後まで予断を許さない白熱のゲームが展開された今年(2022年)の日本シリーズ。ヤクルトとオリックスは昨年(2021年)も6試合すべて僅差の息詰まる戦いを見せてくれましたが、今年のシリーズも昨年のような、いや、それ以上の名勝負になりそうな予感がします。
特に23日の第2戦は、最初からブルペンデーと決め、早めの継投策に出たオリックス・中嶋監督の策が当たり、8回までヤクルト打線を完封。対戦成績をタイに戻したかと思いきや、9回、ヤクルトは代打で登場した高卒2年目・内山壮真が土壇場で同点3ラン!
なぜあの場面で、経験が浅い2年目の選手が起死回生の一発を打てたのか? それは内山がキャッチャーであることも大きかったと思います。今回ヤクルトは、今季限りで現役を引退した嶋基宏をコーチとしてベンチに入れています。シーズン中、常に嶋の隣に陣取り、配球などについてアドバイスを受けていた内山。それは嶋が楽天在籍時に、野村克也監督(当時)の隣に座り、リードを学んだ姿に重なります。
内山が嶋から学んだことは、試合に出ていなくても、常にゲームに集中。いつでも戦いに加われる準備を整えておくことの大切さです。内山はベンチで、オリックス・阿部翔太の配球をじっくり観察していたはずで、嶋コーチからも何らかのアドバイスを受けたのでしょう。“師匠”嶋コーチについて、内山はこう語っています。
『いろいろ技術のことや配球のことはたくさん教えていただいたり、キャッチャーとして、ピッチャーに対する接し方とか、どういう心構えでというのは、すごくいろいろ教えていただいてるので、1つ1つがすごく心に残ってます』
~『スポーツ報知』2022年10月23日配信記事 より
この内山の1発で試合は振り出しに戻り、両者譲らず延長12回引き分けとなりました。試合時間は、日本シリーズ史上2番目の長さとなる「5時間3分」。時刻は午後11時を回っていました。選手・監督、そして球場で観戦した観客の皆さん(筆者もその1人です)には「お疲れ様でした」の一言です。
第1戦はエース・山本由伸を立てて落とし、第2戦は勝ちゲームをまさかのドローにされたオリックス。ファンとしては2連敗したような気分でしょうが、冷静に考えればまだ1敗しただけです。第3戦からは本拠地・京セラドーム大阪に戻りますし、勝負はまだまだこれからでしょう。
ところでこの2試合を観てあらためて感じたのは、高津・中嶋両監督の選手起用の妙です。内山もそうですが、今回の登録メンバーを見ていると、昨年の日本シリーズには出場していなかった若手選手がけっこう抜擢されているのに気付きます。しかも両監督ともに、彼らを重要な場面で起用。選手への信頼感があってこそです。
第2戦、山﨑福也→山﨑颯一郎→宇田川優希→ワゲスパック→阿部のリレーは、もしあのまま完封していたら、中嶋監督の会心のゲームでした。7・8・9回を任された後ろの3人は、昨年のシリーズにはいなかった選手です。延長戦に入ってから急きょ登板した本田仁海・近藤大亮もしかり。2人ともヤクルト打線を無得点に抑え、大舞台できっちり仕事をしてみせました。
この試合でいちばん驚いたのは、9回、同点に追い付かれ、なおもノーアウトの場面で、中嶋監督が阿部を代えなかったことです。ブルペンが手じまい状態になっていたため、すぐには代えられない状況ではありましたが、ヤクルト打線は、山田哲人・村上宗隆・オスナのクリーンアップ。しかし、中嶋監督は平常心ではなかったはずの阿部に続投させました。なかなかできないことです。
平野佳寿に代わる守護神の有力候補・阿部。こういう修羅場での経験を積ませたい、という意図と同時に「お前なら抑えられるはずだ」という無言のメッセージが込められているのを感じ、観ていて思わず胸が熱くなりました。
その思いにみごと応え、山田をセンターフライ、村上をファーストゴロ、オスナを空振り三振に仕留めてみせた阿部。これが彼本来の実力であり、クリーンアップを抑えたことで、いいイメージで次戦を迎えることができます。もし打たれたまま降板していたら、同点3ランを引きずっていたはず。結果的に傷を浅くしたこの采配は、中嶋監督のファインプレーでした。
一方、高津監督も「信頼」の采配を見せてくれました。延長12回表、この回から登板した田口麗斗が吉田正尚をファーストライナー、小田裕也を三振に仕留めた場面で、高津監督は2年目右腕・木澤尚文にスイッチします。
右の代打・頓宮裕真が出てきたこともありますが、そのまま田口に任せてもよかったところ、あえて木澤を連投させた高津監督。背景にあるのは、大舞台の経験を積ませたいという意図はもちろん、木澤に対する絶大な「信頼感」です。リリーフだけで、サイスニードと並ぶチームトップの9勝を挙げた木澤。「投のMVP」と言ってもいいでしょう。ここは木澤に託すのがいちばん安全、と指揮官は判断したのです。
ところが……木澤は頓宮にヒットを許し、続く紅林の打席で、代走の佐野皓大が盗塁。カウント2-2から、木澤の投じたフォークを捕手・中村悠平が捕れず後逸してしまいます(記録は暴投)。佐野はホームインし勝ち越し!……と思いきや、ボールがヤクルトベンチに入ったためテイクワンベースの扱いとなり、佐野は三塁へ戻されました。
ヤクルトにとっては幸運でしたが、紅林は四球を選び、2死一・三塁と依然ピンチは続きます。しかし、ここで踏ん張った木澤。続く伏見寅威をサードライナーに仕留め、これでヤクルトの負けはなくなりました。木澤も阿部同様、逆境に陥ったときの心の強さは抜群で、こういう痺れるような場面で投げることで、さらにメンタルは強靱になります。
「育てながら勝つ」を実践し、リーグ連覇を達成した高津監督と中嶋監督。その背景には、選手を信頼する心があり、だから両チームは強いのです。