話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、日本時間の12月16日にボストン・レッドソックスへの入団会見を行った吉田正尚選手にまつわるエピソードを紹介する。
かねてから米メジャーリーグ移籍を希望していた、前オリックス・吉田正尚。今オフ、ポスティングシステムでの移籍を球団が了承。日本時間の12月7日に、獲得可能選手としてメジャー全30球団に公示され、交渉期間が始まりました。
過去のポスティング成立例では毎回、代理人と球団間で細かい駆け引きが展開。しかも吉田の代理人は、好条件を引き出すためなら期限ギリギリまでの交渉も厭わない百戦錬磨のスコット・ボラス氏です。ボラス氏が担当した松坂大輔のときのような長期戦になるかと思いきや、何と公示初日に契約が成立。異例の“電撃決着”には、日米双方のメディアからも驚きの声が上がりました。
移籍先はくしくも、松坂と同じボストン・レッドソックス。その日のうちにまとまった契約内容は、5年総額9000万ドル(約122億6900万円)でした。ちなみに、今季(2022年)広島からシカゴ・カブスに移籍した鈴木誠也は、5年総額8500万ドル。その評価を上回る好条件なら、ボラス氏がすぐに手を打ったのも納得です。オリックスにも、1540万ドル(約21億円)の譲渡金が入ることになりました。
レッドソックスでは過去、松坂を含め8人の日本人投手がプレーしています。大家友和、野茂英雄、岡島秀樹、斎藤隆も在籍。2013年には上原浩治・田沢純一のコンビがワールドシリーズ制覇に貢献しています。今季は澤村拓一が在籍しました(9月に退団)。吉田は、野手としては球団初の日本人プレーヤーとなります。
レッドソックスはなぜ、それだけの高条件を提示してまで吉田の獲得を熱望したのでしょうか? 本拠地フェンウェイ・パークで行われた入団会見に同席した編成最高責任者のチャイム・ブルーム氏は、吉田を長い間調査していたと前置きした上で、獲得した理由についてこう語っています。
今季、アメリカンリーグ東地区最下位に低迷したレッドソックス。しかも今オフ、主軸のザンダー・ボガーツらがFAとなり、打線の強化が急務でした。レッドソックスが吉田に注目したのは、ブルーム氏の発言にもあるとおり「ストライクゾーンに来たボールを振り回さず、確実にとらえ、鋭く叩く」能力です。
吉田は「三振が少ない打者」として知られていますが、内角も外角も苦にしないところや、打球速度の速さ、広角に打ち分ける能力など、打撃の「質の高さ」をレッドソックスは高く買っています。オリックスでの7年間で、首位打者を2回獲得。しかも通算打率は.327。このところメジャーでの評価が下がっていた日本人野手ですが、吉田は再び評価を高めてくれる存在になるかも知れません。
もう1つ、レッドソックスが吉田獲得に踏み切る大きな理由になったと思われるのが、フェンウェイ・パーク名物でもある左翼スタンドの巨大フェンス、通称「グリーンモンスター」の存在です。
フェンウェイ・パークは1912年に建設。現存するメジャー最古の球場であり、建設当時、限られた土地に建てられたため、グラウンドは左右非対称の独特な形状になっています。ホームから左翼フェンスまでの距離は、基準の100mを大きく下回る94.5mしかありません。また左中間も膨らみがなくフェンスが直線的に延びているため、左方向が非常に浅くなっているのです。
これではホームランが簡単に出てしまうので、その対策として完成したのが、高さ11.3mの巨大フェンス・グリーンモンスターでした。この特殊な“緑の怪物”が吉田の活躍に寄与するはずとレッドソックスは考えています。なぜか?
まず攻撃面では、吉田は広角に打ち分けられるため、左方向への強い打球も打つことができます。日本の球場ならレフトフライになっていた打球が、フェンス上部に当たってヒットになるケースも多いでしょう。吉田の技術なら、狙って当てに行くことも可能なはず。
また吉田は「1番・左翼」で起用される見込みですが、守備がそれほど得意ではない吉田にとって、左中間の浅さは大きなメリットになります。といっても、グリーンモンスターならではの特殊な跳ね返り方も多く、打球処理は慣れないとなかなか難しいのですが、そこは対応力の高い吉田のこと。うまくこなしてくれるでしょう。
ところで「レッドソックスのレフト=グリーンモンスターの番人」というと、過去、伝説的なスラッガーが名を連ねています。古くは「最後の4割打者」ことテッド・ウィリアムズ。彼は首位打者6回、三冠王も2度獲得しています。
また、1967年に三冠王を獲得、通算3419安打を放ったカール・ヤストレムスキーや、本塁打王3回のジム・ライスなど、彼らはグリーンモンスターを攻守ともにうまく味方に付けていきました。長くレフトを守ったこの3人の背番号(9・8・14)は、いずれも永久欠番になっています。
吉田がレッドソックスのレフトを守るというのは、もともと守っていたポジションですが、今季つけていた背番号7が空いていたことも含め、何かの因縁を感じます。吉田が先人たちを追う伝説のスラッガーになれるかどうか、来季の開幕が楽しみでなりません。
『今年オリックスは日本シリーズを取りましたし、チームとしましてはワールドチャンピオンを目指して、その一員になれるように精一杯頑張りたいと思います』
~『サンケイスポーツ』2022年12月16日配信記事 より(吉田正尚のコメント)
過去のポスティング成立例では毎回、代理人と球団間で細かい駆け引きが展開。しかも吉田の代理人は、好条件を引き出すためなら期限ギリギリまでの交渉も厭わない百戦錬磨のスコット・ボラス氏です。ボラス氏が担当した松坂大輔のときのような長期戦になるかと思いきや、何と公示初日に契約が成立。異例の“電撃決着”には、日米双方のメディアからも驚きの声が上がりました。
移籍先はくしくも、松坂と同じボストン・レッドソックス。その日のうちにまとまった契約内容は、5年総額9000万ドル(約122億6900万円)でした。ちなみに、今季(2022年)広島からシカゴ・カブスに移籍した鈴木誠也は、5年総額8500万ドル。その評価を上回る好条件なら、ボラス氏がすぐに手を打ったのも納得です。オリックスにも、1540万ドル(約21億円)の譲渡金が入ることになりました。
レッドソックスでは過去、松坂を含め8人の日本人投手がプレーしています。大家友和、野茂英雄、岡島秀樹、斎藤隆も在籍。2013年には上原浩治・田沢純一のコンビがワールドシリーズ制覇に貢献しています。今季は澤村拓一が在籍しました(9月に退団)。吉田は、野手としては球団初の日本人プレーヤーとなります。
レッドソックスはなぜ、それだけの高条件を提示してまで吉田の獲得を熱望したのでしょうか? 本拠地フェンウェイ・パークで行われた入団会見に同席した編成最高責任者のチャイム・ブルーム氏は、吉田を長い間調査していたと前置きした上で、獲得した理由についてこう語っています。
『彼のコンタクト技術と、ストライクゾーンの見極め能力のコンビネーションは非常に独特なもので、ボールをたたく能力も併せ持つ。我々は、彼がメジャーのレベルで大きなインパクトを持つ選手になる可能性があると考えている』
~『日刊スポーツ』2022年12月16日配信記事 より
今季、アメリカンリーグ東地区最下位に低迷したレッドソックス。しかも今オフ、主軸のザンダー・ボガーツらがFAとなり、打線の強化が急務でした。レッドソックスが吉田に注目したのは、ブルーム氏の発言にもあるとおり「ストライクゾーンに来たボールを振り回さず、確実にとらえ、鋭く叩く」能力です。
吉田は「三振が少ない打者」として知られていますが、内角も外角も苦にしないところや、打球速度の速さ、広角に打ち分ける能力など、打撃の「質の高さ」をレッドソックスは高く買っています。オリックスでの7年間で、首位打者を2回獲得。しかも通算打率は.327。このところメジャーでの評価が下がっていた日本人野手ですが、吉田は再び評価を高めてくれる存在になるかも知れません。
もう1つ、レッドソックスが吉田獲得に踏み切る大きな理由になったと思われるのが、フェンウェイ・パーク名物でもある左翼スタンドの巨大フェンス、通称「グリーンモンスター」の存在です。
フェンウェイ・パークは1912年に建設。現存するメジャー最古の球場であり、建設当時、限られた土地に建てられたため、グラウンドは左右非対称の独特な形状になっています。ホームから左翼フェンスまでの距離は、基準の100mを大きく下回る94.5mしかありません。また左中間も膨らみがなくフェンスが直線的に延びているため、左方向が非常に浅くなっているのです。
これではホームランが簡単に出てしまうので、その対策として完成したのが、高さ11.3mの巨大フェンス・グリーンモンスターでした。この特殊な“緑の怪物”が吉田の活躍に寄与するはずとレッドソックスは考えています。なぜか?
まず攻撃面では、吉田は広角に打ち分けられるため、左方向への強い打球も打つことができます。日本の球場ならレフトフライになっていた打球が、フェンス上部に当たってヒットになるケースも多いでしょう。吉田の技術なら、狙って当てに行くことも可能なはず。
また吉田は「1番・左翼」で起用される見込みですが、守備がそれほど得意ではない吉田にとって、左中間の浅さは大きなメリットになります。といっても、グリーンモンスターならではの特殊な跳ね返り方も多く、打球処理は慣れないとなかなか難しいのですが、そこは対応力の高い吉田のこと。うまくこなしてくれるでしょう。
ところで「レッドソックスのレフト=グリーンモンスターの番人」というと、過去、伝説的なスラッガーが名を連ねています。古くは「最後の4割打者」ことテッド・ウィリアムズ。彼は首位打者6回、三冠王も2度獲得しています。
また、1967年に三冠王を獲得、通算3419安打を放ったカール・ヤストレムスキーや、本塁打王3回のジム・ライスなど、彼らはグリーンモンスターを攻守ともにうまく味方に付けていきました。長くレフトを守ったこの3人の背番号(9・8・14)は、いずれも永久欠番になっています。
吉田がレッドソックスのレフトを守るというのは、もともと守っていたポジションですが、今季つけていた背番号7が空いていたことも含め、何かの因縁を感じます。吉田が先人たちを追う伝説のスラッガーになれるかどうか、来季の開幕が楽しみでなりません。