「まだまだ発展途上のチーム」
「野球ファンとしては非常に楽しい試合ですが、関係者としてはマジックナンバーなしでの優勝は、胃が痛くなります。中嶋(聡)監督には『今年はマジックを点灯させて優勝してほしい』とお願いしました」。
2月中旬に宮崎キャンプを視察した井上亮オーナーの言葉だ。
2021年は全日程を終えた後、2位ロッテが楽天戦(楽天生命パーク宮城)で敗れたため、前年最下位から25年ぶりのリーグ優勝。昨季も2位で臨んだ最終戦で楽天(同)に勝利し、首位ソフトバンクと76勝65敗2分けで並び、史上初めて直接対決の成績(15勝10敗)で逆転優勝を果たした。
2年連続して奇跡的な優勝を果たしたオリックス。ファンも井上オーナーと同じような思いで開幕を待っていることだろう。
26日に全日程を終えたオープン戦で、9勝4敗3引き分けで、2005年以来、18年ぶりに1位。
「いろんな選手を使ってそういう順位にいるのはいいと思う。しかし、まだまだ発展途上のチーム。順位には満足していない」と、中嶋聡監督は表情を引き締めた。
吉田正尚の抜けた穴をどう埋めるか
連覇に向け、大きなポイントになるのが主砲・吉田正尚(レッドソックス)の抜けた穴をどう埋めるかだ。
20、21年の首位打者。昨季は3年連続こそ逃したが打率.335、21本塁打、88打点。2年連続して最高出塁率のタイトルを獲得した。22年日本シリーズでは負ければヤクルトに王手をかけられる第5戦で、サヨナラ本塁打。「2023 WORLD BASEBALL CLASSIC」(WBC)でも勝負強さを発揮した。
リーグ2位の得点圏打率.367、本塁打を放った試合では15勝2敗1分け、勝率.882とチームを牽引した吉田の抜けた打線が迫力を欠くのは否めない。中嶋監督は「1人で抜けた穴を埋められるような選手ではない。誰がというわけではなく全員で補っていかなければいけない」とチームの総合力で乗り切る考え。
その中で、最も期待がかかるのが西武から国内FAで獲得した森友哉だ。
19年の首位打者。21年も吉田に次ぐ2位で、19年には23本塁打を放った「打てる捕手」。「飛距離にはこだわりがない。どのコースに来たボールでもセンター中心に強く打ち返す」という通り、フルスイングをする中で中堅から左への強い打球も多い。
オープン戦13試合で、打率.161と結果は出ていないが、鋭い当たりが野手の正面を突く不運が続いており、開幕にはきちんと合わせてくることだろう。
「しっかりとボールを見て、感覚のズレを修正していきたい」とコンタクト率を高めてシーズンに臨む。
4番を務める杉本裕太郎は、オープン戦終盤の4試合に3本塁打。打率.385と安定した成績を残し、2年目の野口智哉も.364、3年目の来田涼斗も.345と結果を残し、定位置確保に猛アピールするなど、打撃の層は厚みを増した。
新しい外国人選手への期待も高まる。
マーウィン・ゴンザレス(前ヤンキース)はメジャー通算107本塁打のスイッチヒッター。捕手以外は守れる器用さも持ち合わせ、一塁用、二塁・遊撃用、三塁用、外野用、練習用の5つのグラブを持ち歩く。練習試合やオープン戦では一、二、三塁、左翼の守備に就き、無難にこなしているほか「グラブさばきやボールの握り替えのレベルは高い」と指揮官。
打撃では、13年に9回2死からダルビッシュ有(当時レンジャーズ)の完全試合を阻止したことでも知られ、3月1日の西武との練習試合(SOKKENスタジアム)で、開幕戦(ベルーナドーム)で対戦する高橋光成の146キロをフェンス直撃の右越え2塁打と、幸先のよいスタートを切った。
昨季までカブスで主軸を務めたこともあるのが、フランク・シュウィンデル。アスレチックスとカブスでプレーした21年には64試合で打率.326、14本塁打、43打点をマークし、メジャー通算22本塁打。1日の西武戦では、ディートリック・エンスのストレートを左翼席に運び、「打点を稼ぐのが持ち味。30本、100打点を目指す」と意気込む。
3月10日の巨人戦以来、出場機会がないのが気がかりだが、福良淳一GMは「ゴンザレスは実績のある選手。スイッチヒッターであるのも大きく、やってもらわなければ困る。シュウィンデルは長打力もあるしミートも出来る」と期待する。
育成契約のレアンドロ・セデーニョは、昨季ダイヤモンドバックス傘下の2Aで30本塁打。マイナー通算、打率.289、74本塁打の長距離砲。
昨季の外国人野手3人の本塁打は、計6本で27打点にとどまっただけに、実績のある選手を迎え大幅な戦力アップが望めそうだ。
山下舜平大が先発陣の新しい戦力に
投手力は、今年も盤石だ。
唯一の不安要素は、山本由伸、宮城大弥の両先発とセットアッパーの山﨑颯一郎、宇田川優希の主力4人をWBCに派遣している点だったが、全員、良い状態のままチームに合流した。
しかし、開幕の西武戦(ベルーナドーム)に山本、宮城が登板することは現状では難しい。
「2カ月くらい、(NPB球からメジャー球に)ボールを替えるのは大変な作業なんです。今日からNPB球に戻しますとなった時、支障がないとは言い切れません。体は元気いっぱいでも(指先という)末端の感覚なので。一般論ですが、そこは慎重にやった方がいいのではと思います」と厚澤和幸投手コーチ。長いシーズンに加え、将来のプロ生活を考えた時、ここで無理をする必要はないということだろう。
新戦力はジェイコブ・ニックス(前パドレス傘下)とジャレル・コットン(前ジャイアンツ)の両右腕。
ニックスは18年に2勝を挙げたが、コロナ禍や右肘のトミー・ジョン(TJ)手術、右肩痛で19年を最後に登板機会がなかった。故障も完治し、10日の巨人戦(京セラドーム大阪)では3番手として登板し、2イニングを無安打、無失点、最速155キロで4年ぶりの実戦マウンドを飾った。
キャンプ中、秘密兵器になるかと問われた中嶋監督は「故障をしていなければ、日本に来るレベルの選手ではない。そのための補強ですから」と期待していた。
コットンは、メジャー通算17勝のブレーキのかかったチェンジアップが武器で、中継ぎとして活躍しそうだ。
先発陣の新しい戦力になるのが、黒木優太と山下舜平大。17年には中継ぎで55試合に登板した黒木だが、先発はプロ入り後、初めて。19年のTJ手術、育成契約、支配下を経て昨季は4年ぶりに白星(2勝)を挙げた。「毎日登板する中継ぎとは違い、別のポジションのように感じる。調整もしやすく新鮮で楽しい」と、新たな可能性に挑戦する。
山下は、開幕投手として急浮上した一軍未登板の3年目。21年に福岡大大濠高校からドラフト1位で入団し、飛躍を期待された昨季は、身体の成長とトレーニングのバランスを考え、5月から試合からは遠ざかった。シーズン終盤には間に合い、日本シリーズのメンバーにも選ばれた。最速158キロに落差の鋭いフォークボール、カーブで三振を奪っていく剛腕。
一軍未登板の投手が開幕に抜擢されれば、チームとして1954年の梶本隆夫以来、69年ぶり。2リーグ分立後では史上初の快挙となる。
開幕戦でなくても開幕カードで登板すれば「新しいチームで3連覇を目指す」(湊通夫球団社長)という今季のオリックスを象徴する場面になるだろう。
2023年チームのキャッチフレーズは「We can do it!」。リーグ3連覇と日本シリーズ連覇も、「俺たちならできる!」というわけだ。
中嶋監督が宮崎キャンプの神社参拝で、小戸神社に奉納した絵馬に書いた文字は、「挑」。
王者のプライドを胸に、今季もチャレンジャーとして突き進む。
取材・文=北野正樹(きたの・まさき)