話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は今季(2023年)から広島カープの指揮を執る新井貴浩監督の「言葉」にまつわるエピソードを紹介する。
4月18日から甲子園球場で行われたセ・リーグ首位攻防戦、阪神-広島3連戦は、かつて監督と選手の関係だった阪神・岡田彰布監督と、広島・新井貴浩監督の“師弟対決”。いろいろと見応えのあるカードになりました。
マツダスタジアムで行われた前回の対決(4月4日~6日)は1勝1敗(第2戦は雨天中止)で、このとき広島が雨天コールドで挙げた1勝が新井監督の記念すべき初勝利になりました。広島はこの勝利から息を吹き返し、開幕4連敗のあと5連勝。1敗のあと、ヤクルトにホームで3連勝し、16日の時点で何と単独首位に立ったのです。
広島が首位、阪神が2位タイという状況で迎えた、18日のセ頂上対決・第1戦。試合は0-0と互いに譲らぬまま最終回に突入し、9回表、広島が貴重な勝ち越しの1点を奪います。ところがその裏、阪神は広島の守護神・栗林を2死満塁と攻め、中野が逆転サヨナラ2点タイムリー。阪神が劇的な勝利を飾り、DeNAと並んで首位の座を奪還しました。
第2戦も、勢いに乗った阪神が6-1で快勝。20日の第3戦は、負けると貯金がなくなる広島としては、どうしても一矢報いておきたい一戦でした。試合は白熱の好ゲームとなります。初回、まず広島が2点を先制すると、その裏、阪神は3点を奪い逆転。2回にもさらに1点を追加し、4-2と阪神がリードします。
この悪い流れを断ち切ったのが、4回、1死満塁のチャンスで投手・アンダーソンに代えて新井監督が代打に送った松山でした。チーム最年長・37歳の松山は、今季(2023年)この試合の前まで4試合に出場。すべて代打起用で4打数2安打と結果を出していました。
4回の時点で、新井監督が早めに代打を送ったのは「松山ならこの状況を変えてくれる」と確信していたからでしょう。松山はカウント1-1から、西純矢の投じたストレートを強振。甲子園の浜風に乗った打球は、左中間フェンスを直撃し、満塁走者一掃の3点ツーベースで広島は一気に逆転に成功したのです。松山はこうコメントしました。
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スタメンではなくても、いつでも出られるよう試合の流れを読み、準備を怠らなかった松山。新井監督の代打策が的中したのは、そんな選手の状態をよく観察していることも勿論ですが、その選手に対して必ず「激励の一言」をかけている点も見逃せません。新井監督は試合後、松山に対してこんな言葉をかけていたと明かしました。
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指揮官にこう言われて、意気に感じないベテランはいないでしょう。それで思い出すのは、16日のヤクルト戦です。この試合、広島は初回にいきなり5点を奪われ、1-5と4点ビハインドで6回を迎えました。この敗色漂うムードを変えてみせたのが、33歳のベテラン・田中広輔です。
2016年からのリーグ3連覇に貢献した田中ですが、2019年に右ヒザの手術を受けてからは低迷していました。昨季(2022年)はプロ入り後最少の8安打にとどまり、今季は背水の陣でキャンプに。はい上がろうとする田中の気迫を見逃さなかった新井監督は、田中を2年ぶりに開幕1軍メンバーに加えました。
当初は控えとしてのベンチ入りでしたが、新井監督は開幕4試合ノーヒットだった小園に代えて、5戦目から田中をショートでスタメン起用。若手の育成を求められているいまの広島においてベテランを先発で起用することは、ともすると「チームの方針に逆行していないか?」と批判を浴びかねません。
しかし、新井監督は、かつて一緒にプレーした田中の力を信じました。4点を追う6回、2死満塁のチャンスで打順が回ってきた打率1割台の田中に代打を出さず、こう言って打席に送り出したのです。
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ごく当たり前の短い一言ですが、言外には「俺が責任を取るから」という決意が込められています。この言葉に背中を押された田中は、4点差を一気に追い付く同点満塁アーチをスタンドに叩き込んでみせました。これで息を吹き返した広島は、7回・8回に1点ずつ追加。7-5で逆転勝利を飾りヤクルトを3タテ、単独首位に躍り出たのです。
今季の広島は、ベテラン・中堅・若手がうまく補い合って、まさに「チーム一丸で勝つ」という雰囲気に満ちあふれています。それは新井監督自身が「俺もお前たちと一緒に戦っているぞ」というムードを発し、選手に直接声を掛けながら指揮を執っていることも大きな理由でしょう。あまり表裏のない人柄ですから、言葉に嘘がない。だから当たり前の言葉でも選手の胸に響くのです。
甲子園の阪神戦・第3戦に話を戻します。この試合、松山の一打で逆転したあと、広島は8回に2点を追加。新井監督は3点リードの最終回に、守護神・栗林をマウンドに送りました。ところが栗林は、中野・ノイジー・大山に3連打を浴びて1点を失い、なおも無死一・二塁のピンチ……。逆転サヨナラ負けもあり得るこの場面、新井監督はマウンドに向かうと栗林にこう告げました。
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SNSでも話題になった、いかにも新井監督らしいこの一言は、今季すでに2敗を喫している栗林にとって、何よりの力になりました。佐藤輝明をレフトフライに打ち取ると、代打・原口をショートライナーに仕留め、二塁ランナーが飛び出し併殺。広島が逃げ切り、新井監督は岡田監督に一矢報いることができました。
新井監督は試合後、栗林の「立ち直り」についてこう語っています。
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自身も現役時代にさまざまな辛酸をなめてきただけに、選手の置かれた立場、苦しみを共有できることが新井監督の強みです。今回、3連戦の舞台となった甲子園は、新井監督にとって阪神時代、7年間本拠地として戦った球場。指揮官として甲子園で挙げた初勝利は、新井監督にとってとりわけ感慨深いものだったでしょう。試合後、こんなコメントを残しています。
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選手とともに、自分も監督として成長しながら勝っていく……そんな指揮官が率いるカープは、今季セ・リーグの台風の目になりそうです。
4月18日から甲子園球場で行われたセ・リーグ首位攻防戦、阪神-広島3連戦は、かつて監督と選手の関係だった阪神・岡田彰布監督と、広島・新井貴浩監督の“師弟対決”。いろいろと見応えのあるカードになりました。
マツダスタジアムで行われた前回の対決(4月4日~6日)は1勝1敗(第2戦は雨天中止)で、このとき広島が雨天コールドで挙げた1勝が新井監督の記念すべき初勝利になりました。広島はこの勝利から息を吹き返し、開幕4連敗のあと5連勝。1敗のあと、ヤクルトにホームで3連勝し、16日の時点で何と単独首位に立ったのです。
広島が首位、阪神が2位タイという状況で迎えた、18日のセ頂上対決・第1戦。試合は0-0と互いに譲らぬまま最終回に突入し、9回表、広島が貴重な勝ち越しの1点を奪います。ところがその裏、阪神は広島の守護神・栗林を2死満塁と攻め、中野が逆転サヨナラ2点タイムリー。阪神が劇的な勝利を飾り、DeNAと並んで首位の座を奪還しました。
第2戦も、勢いに乗った阪神が6-1で快勝。20日の第3戦は、負けると貯金がなくなる広島としては、どうしても一矢報いておきたい一戦でした。試合は白熱の好ゲームとなります。初回、まず広島が2点を先制すると、その裏、阪神は3点を奪い逆転。2回にもさらに1点を追加し、4-2と阪神がリードします。
この悪い流れを断ち切ったのが、4回、1死満塁のチャンスで投手・アンダーソンに代えて新井監督が代打に送った松山でした。チーム最年長・37歳の松山は、今季(2023年)この試合の前まで4試合に出場。すべて代打起用で4打数2安打と結果を出していました。
4回の時点で、新井監督が早めに代打を送ったのは「松山ならこの状況を変えてくれる」と確信していたからでしょう。松山はカウント1-1から、西純矢の投じたストレートを強振。甲子園の浜風に乗った打球は、左中間フェンスを直撃し、満塁走者一掃の3点ツーベースで広島は一気に逆転に成功したのです。松山はこうコメントしました。
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『流れを変えられる一打を打てて良かったです』
『少ない打席でも(準備で)しっかり体を動かしている。良い状態でいられている』
~『朝日新聞デジタル』2023年4月21日配信記事 より
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スタメンではなくても、いつでも出られるよう試合の流れを読み、準備を怠らなかった松山。新井監督の代打策が的中したのは、そんな選手の状態をよく観察していることも勿論ですが、その選手に対して必ず「激励の一言」をかけている点も見逃せません。新井監督は試合後、松山に対してこんな言葉をかけていたと明かしました。
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『ビッグチャンスなら行くと言っていた』
~『朝日新聞デジタル』2023年4月21日配信記事 より
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指揮官にこう言われて、意気に感じないベテランはいないでしょう。それで思い出すのは、16日のヤクルト戦です。この試合、広島は初回にいきなり5点を奪われ、1-5と4点ビハインドで6回を迎えました。この敗色漂うムードを変えてみせたのが、33歳のベテラン・田中広輔です。
2016年からのリーグ3連覇に貢献した田中ですが、2019年に右ヒザの手術を受けてからは低迷していました。昨季(2022年)はプロ入り後最少の8安打にとどまり、今季は背水の陣でキャンプに。はい上がろうとする田中の気迫を見逃さなかった新井監督は、田中を2年ぶりに開幕1軍メンバーに加えました。
当初は控えとしてのベンチ入りでしたが、新井監督は開幕4試合ノーヒットだった小園に代えて、5戦目から田中をショートでスタメン起用。若手の育成を求められているいまの広島においてベテランを先発で起用することは、ともすると「チームの方針に逆行していないか?」と批判を浴びかねません。
しかし、新井監督は、かつて一緒にプレーした田中の力を信じました。4点を追う6回、2死満塁のチャンスで打順が回ってきた打率1割台の田中に代打を出さず、こう言って打席に送り出したのです。
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『思い切っていけ!』
~『スポーツ報知』2023年4月17日配信記事 より
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ごく当たり前の短い一言ですが、言外には「俺が責任を取るから」という決意が込められています。この言葉に背中を押された田中は、4点差を一気に追い付く同点満塁アーチをスタンドに叩き込んでみせました。これで息を吹き返した広島は、7回・8回に1点ずつ追加。7-5で逆転勝利を飾りヤクルトを3タテ、単独首位に躍り出たのです。
今季の広島は、ベテラン・中堅・若手がうまく補い合って、まさに「チーム一丸で勝つ」という雰囲気に満ちあふれています。それは新井監督自身が「俺もお前たちと一緒に戦っているぞ」というムードを発し、選手に直接声を掛けながら指揮を執っていることも大きな理由でしょう。あまり表裏のない人柄ですから、言葉に嘘がない。だから当たり前の言葉でも選手の胸に響くのです。
甲子園の阪神戦・第3戦に話を戻します。この試合、松山の一打で逆転したあと、広島は8回に2点を追加。新井監督は3点リードの最終回に、守護神・栗林をマウンドに送りました。ところが栗林は、中野・ノイジー・大山に3連打を浴びて1点を失い、なおも無死一・二塁のピンチ……。逆転サヨナラ負けもあり得るこの場面、新井監督はマウンドに向かうと栗林にこう告げました。
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『お前で打たれたら本望だから。思い切って投げろ』
~『デイリースポーツonline』2023年4月20日配信記事 より
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SNSでも話題になった、いかにも新井監督らしいこの一言は、今季すでに2敗を喫している栗林にとって、何よりの力になりました。佐藤輝明をレフトフライに打ち取ると、代打・原口をショートライナーに仕留め、二塁ランナーが飛び出し併殺。広島が逃げ切り、新井監督は岡田監督に一矢報いることができました。
新井監督は試合後、栗林の「立ち直り」についてこう語っています。
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『それは彼の力でしょう。彼が野球に対する向き合い方だとか、彼の背負っているものというのは自分はすごく感じているので、だからお前で打たれたら本望だから思い切って腕振ってこいと言った』
~『デイリースポーツonline』2023年4月20日配信記事 より
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自身も現役時代にさまざまな辛酸をなめてきただけに、選手の置かれた立場、苦しみを共有できることが新井監督の強みです。今回、3連戦の舞台となった甲子園は、新井監督にとって阪神時代、7年間本拠地として戦った球場。指揮官として甲子園で挙げた初勝利は、新井監督にとってとりわけ感慨深いものだったでしょう。試合後、こんなコメントを残しています。
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『普通にうれしいし、展開的にも苦しい展開でしたけど、選手は3連敗だけは絶対にしないという気迫が伝わってきたし、一つの勝ちですけど、今日の勝ちはチームを成長させると思います』
~『デイリースポーツonline』2023年4月20日配信記事 より
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選手とともに、自分も監督として成長しながら勝っていく……そんな指揮官が率いるカープは、今季セ・リーグの台風の目になりそうです。