話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は5月攻勢でセ・リーグ首位を独走する阪神タイガース・岡田彰布監督にまつわるエピソードを紹介する。
5月28日、巨人との「伝統の一戦」に4-1で快勝。上り調子で甲子園に乗り込んできた巨人を3タテして8連勝を飾り、46試合を終えて31勝14敗1分。貯金を「17」とした阪神。2位・DeNAに6ゲーム差を付けて、独走状態で30日からの交流戦に臨みます。
しかし5月の虎は、尋常じゃなく強かった。11日から7連勝。19日の広島戦で敗れて連勝が止まりましたが、そこからまた8連勝。28日の時点で、5月は18勝4敗の快進撃を見せています。
ちなみに阪神が首位で交流戦に突入するのは、2008年・2021年に続いて3度目になります。しかし、どちらの年も最終的に逆転を許し、2位止まり。特に2008年は2位に最大13ゲーム差を付け、7月に優勝マジックを点灯させながら、シーズン終盤、巨人に逆転を許し、まさかのV逸。当時の指揮官は辞任することになりました。そのときの指揮官は、そう、岡田現監督です。
26日、巨人3連戦の初戦に勝って貯金を「15」に伸ばしたとき、報道陣にそのことについて話を向けられた岡田監督は、こう答えました。
「23でも勝てんかった」というのは、大逆転を許した2008年のことです。この年の阪神は82勝59敗3分で「貯金23」。巨人の猛烈な追い上げの前に屈したものの、大失速したわけではなく、優勝していてもおかしくない成績でした。こういう細かい数字まで覚えているところに、岡田監督の無念さを感じます。
あれから15年が経過。真弓→和田→金本→矢野と指揮官が代わりましたが、阪神は優勝を果たせず、球団は前回・2005年の優勝監督である岡田監督に再び指揮を委ねました。引き受けた以上は、ペナント奪回の任務を果たすのみ。岡田監督のやったことは、ごくシンプルでした。冒頭のコメントにもあるように「セオリー通り、当たり前のことを当たり前にやった」のです。
昨年(2022年)の阪神は68勝71敗4分の3位でした。チーム防御率(2.67)はリーグ唯一の2点台で断然トップ。しかし、チーム打率(.243)、得点(489)がともにリーグ5位。要するに「投手陣は抑えているが、点が取れない」チームでした。また失策数86はリーグワースト。敗戦につながるエラーも少なからずありました。
となれば、やるべきことはハッキリしています。投手陣は昨年のクオリティを維持しつつ、得点力を上げ、エラーを減らすこと。そのためにまず岡田監督がやったことは「打順と守備位置の固定」でした。選手の役割を明確にし、自分の仕事に専念させたのです。今年(2023年)の開幕戦=3月31日のDeNA戦と、5月28日の巨人戦のオーダーを比べてみましょう。
-----
<3/31 DeNA戦> <5/28 巨人戦>
(1) (中)近本 (1)(中)近本
(2) (二)中野 (2)(二)中野
(3) (左)ノイジー (3)(左)ノイジー
(4) (一)大山 (4)(一)大山
(5) (三)佐藤輝 (5)(三)佐藤輝
(6) (右)森下 (6)(右)ミエセス
(7) (捕)梅野 (7)(捕)梅野
(8) (遊)小幡 (8)(遊)木浪
(9) (投)青柳 (9)(投)才木
-----
ご覧のように開幕から2ヵ月、途中、若干の組み替えはありましたが、岡田監督はほぼ同じオーダーで通しています。1・2番は近本・中野で固定。このコンビは2人とも打撃好調で3割を打ち、よく出塁するので、得点圏にランナーを置いた状態でクリーンアップに回ることが増えました。
クリーンアップもほぼこの並び。昨年は内・外野両方を守った大山と佐藤輝を、それぞれ一塁と三塁に固定。守備の役割が限定されたことで打撃に専念でき、28日現在で、大山は打率.303、5本塁打、29打点、佐藤輝は打率.252、8本塁打、30打点(リーグ1位)と、ともに主砲としての役割を十分果たしています。
また、今年は下位打線も充実しています。6番・右翼はルーキー・森下を起用することが多いですが、彼がファーム落ちしたときは島田・井上・小野寺・ミエセスらを起用して競わせました。いまは森下をメインにしつつ、ミエセスとの併用になっています。
7番は捕手枠。ここも梅野と坂本に競わせています。8番・ショートは木浪で固定。彼は守備の要だけでなく「恐怖の8番」として打つ方でも活躍し、28日現在の打率は何と.310。1番・近本が大山・佐藤輝に次ぐ26打点をマークしているのは、下位打線がつないで上位に回している証しです。
というように、打順とポジションはおおむね固定しながらも、ちゃんと競争の余地も残しているのが岡田流のバランス感覚です。28日現在、チーム防御率は2.64でリーグトップ。チーム打率はリーグ2位の.253と向上し、得点力もアップしました。失策数は中日に次ぐリーグワースト2位の26で、こちらはまだこれからですが、ここまでは岡田采配がうまくいっていると言えるでしょう。適材適所の起用で、やはり岡田監督は選手の適性をよく見抜いています。
また岡田監督は、選手を乗せる“演出”も見せています。4月18日に甲子園で行われた広島との首位攻防戦。この試合は阪神・西勇輝と、広島・九里亜蓮の投手戦になり、7回まで両者無失点。九里はそこで降板しましたが、西勇は投げ続け、8回終了時点で球数は114球に達していました。交代も考えられる場面で、岡田監督は西勇にこうハッパをかけたのです。
ところが……9回、西勇は2死三塁のピンチを招くと、マクブルームに二塁打を浴びて、1点を許してしまいます。この時点で球数は124球。こういう場合「お疲れさん、よう投げた!」で交代、というパターンはよくありますが、岡田監督はそれを選ばず、そのまま西勇を続投させました。
これは、あくまで「自分で白黒つけさせる」ため。西勇の力を信じていたからこそで、また9回を投げ切れば、その裏阪神が逆転サヨナラ勝ちした場合、西勇に白星がつきます。意気に感じた西勇は、最後の力を振り絞り、続く西川を三振に仕留めて128球完投。味方の反撃を信じてベンチに戻りました。
先発投手のそんな姿を見たら、野手たちが奮起しないわけがありません。それもまた、岡田監督の狙いだったように思います。阪神打線は二死満塁のチャンスをつくると、中野が逆転サヨナラ二塁打を放ち、劇的なサヨナラ勝ち!
阪神ベンチが歓喜に沸くなかで、印象的なシーンがありました。勝利投手となった西勇に向かって、岡田監督がスッと右手を差し出したのです。帽子を取って、その手を握り返した西勇。指揮官と選手の深い絆を感じさせる名シーンでした。
この試合、お立ち台に立った中野は、こう語っています。
こういう投手と野手の「一体感」を開幕から1ヵ月経たないうちにつくり上げた岡田監督の手腕は、さすがの一言です。5月27日の巨人戦でも、0-0の7回に代打を出され降板した先発・大竹に何とか勝ちを付けてやろうと野手が一丸となって先制点を挙げ、大竹がベンチで涙を流すシーンがありました。
指揮官が選手を信頼し、選手たちが「One For All, All For One」の精神で一丸となって戦っているタイガース。それは強いはずです。パ・リーグはどこも手強いですが、交流戦で岡田監督がどんな采配を見せてくれるのか、2008年のリベンジに向けて、大きな試金石になりそうです。
『まあ勢いだけじゃ勝たれへんで(笑)。きっちりと自分らの野球ができてるいうことちゃう?先発が頑張って、バントとか決めたり。普通のセオリー通りに、そんな奇襲なんかしてないわけだから。当たり前のことを当たり前にできてるっていうことやろな』
~『デイリースポーツonline』2023年5月29日配信記事 より(28日、巨人戦勝利後の岡田監督のコメント)
しかし5月の虎は、尋常じゃなく強かった。11日から7連勝。19日の広島戦で敗れて連勝が止まりましたが、そこからまた8連勝。28日の時点で、5月は18勝4敗の快進撃を見せています。
ちなみに阪神が首位で交流戦に突入するのは、2008年・2021年に続いて3度目になります。しかし、どちらの年も最終的に逆転を許し、2位止まり。特に2008年は2位に最大13ゲーム差を付け、7月に優勝マジックを点灯させながら、シーズン終盤、巨人に逆転を許し、まさかのV逸。当時の指揮官は辞任することになりました。そのときの指揮官は、そう、岡田現監督です。
26日、巨人3連戦の初戦に勝って貯金を「15」に伸ばしたとき、報道陣にそのことについて話を向けられた岡田監督は、こう答えました。
『いやいや、そらまだまだやろ。23でも勝てんかったやんけ、そんなんお前』
~『サンケイスポーツ』2023年5月26日配信記事 より
「23でも勝てんかった」というのは、大逆転を許した2008年のことです。この年の阪神は82勝59敗3分で「貯金23」。巨人の猛烈な追い上げの前に屈したものの、大失速したわけではなく、優勝していてもおかしくない成績でした。こういう細かい数字まで覚えているところに、岡田監督の無念さを感じます。
あれから15年が経過。真弓→和田→金本→矢野と指揮官が代わりましたが、阪神は優勝を果たせず、球団は前回・2005年の優勝監督である岡田監督に再び指揮を委ねました。引き受けた以上は、ペナント奪回の任務を果たすのみ。岡田監督のやったことは、ごくシンプルでした。冒頭のコメントにもあるように「セオリー通り、当たり前のことを当たり前にやった」のです。
昨年(2022年)の阪神は68勝71敗4分の3位でした。チーム防御率(2.67)はリーグ唯一の2点台で断然トップ。しかし、チーム打率(.243)、得点(489)がともにリーグ5位。要するに「投手陣は抑えているが、点が取れない」チームでした。また失策数86はリーグワースト。敗戦につながるエラーも少なからずありました。
となれば、やるべきことはハッキリしています。投手陣は昨年のクオリティを維持しつつ、得点力を上げ、エラーを減らすこと。そのためにまず岡田監督がやったことは「打順と守備位置の固定」でした。選手の役割を明確にし、自分の仕事に専念させたのです。今年(2023年)の開幕戦=3月31日のDeNA戦と、5月28日の巨人戦のオーダーを比べてみましょう。
-----
<3/31 DeNA戦> <5/28 巨人戦>
(1) (中)近本 (1)(中)近本
(2) (二)中野 (2)(二)中野
(3) (左)ノイジー (3)(左)ノイジー
(4) (一)大山 (4)(一)大山
(5) (三)佐藤輝 (5)(三)佐藤輝
(6) (右)森下 (6)(右)ミエセス
(7) (捕)梅野 (7)(捕)梅野
(8) (遊)小幡 (8)(遊)木浪
(9) (投)青柳 (9)(投)才木
-----
ご覧のように開幕から2ヵ月、途中、若干の組み替えはありましたが、岡田監督はほぼ同じオーダーで通しています。1・2番は近本・中野で固定。このコンビは2人とも打撃好調で3割を打ち、よく出塁するので、得点圏にランナーを置いた状態でクリーンアップに回ることが増えました。
クリーンアップもほぼこの並び。昨年は内・外野両方を守った大山と佐藤輝を、それぞれ一塁と三塁に固定。守備の役割が限定されたことで打撃に専念でき、28日現在で、大山は打率.303、5本塁打、29打点、佐藤輝は打率.252、8本塁打、30打点(リーグ1位)と、ともに主砲としての役割を十分果たしています。
また、今年は下位打線も充実しています。6番・右翼はルーキー・森下を起用することが多いですが、彼がファーム落ちしたときは島田・井上・小野寺・ミエセスらを起用して競わせました。いまは森下をメインにしつつ、ミエセスとの併用になっています。
7番は捕手枠。ここも梅野と坂本に競わせています。8番・ショートは木浪で固定。彼は守備の要だけでなく「恐怖の8番」として打つ方でも活躍し、28日現在の打率は何と.310。1番・近本が大山・佐藤輝に次ぐ26打点をマークしているのは、下位打線がつないで上位に回している証しです。
というように、打順とポジションはおおむね固定しながらも、ちゃんと競争の余地も残しているのが岡田流のバランス感覚です。28日現在、チーム防御率は2.64でリーグトップ。チーム打率はリーグ2位の.253と向上し、得点力もアップしました。失策数は中日に次ぐリーグワースト2位の26で、こちらはまだこれからですが、ここまでは岡田采配がうまくいっていると言えるでしょう。適材適所の起用で、やはり岡田監督は選手の適性をよく見抜いています。
また岡田監督は、選手を乗せる“演出”も見せています。4月18日に甲子園で行われた広島との首位攻防戦。この試合は阪神・西勇輝と、広島・九里亜蓮の投手戦になり、7回まで両者無失点。九里はそこで降板しましたが、西勇は投げ続け、8回終了時点で球数は114球に達していました。交代も考えられる場面で、岡田監督は西勇にこうハッパをかけたのです。
『自分で白黒つけてこい!』
~『デイリースポーツonline』2023年4月20日配信記事 より
ところが……9回、西勇は2死三塁のピンチを招くと、マクブルームに二塁打を浴びて、1点を許してしまいます。この時点で球数は124球。こういう場合「お疲れさん、よう投げた!」で交代、というパターンはよくありますが、岡田監督はそれを選ばず、そのまま西勇を続投させました。
これは、あくまで「自分で白黒つけさせる」ため。西勇の力を信じていたからこそで、また9回を投げ切れば、その裏阪神が逆転サヨナラ勝ちした場合、西勇に白星がつきます。意気に感じた西勇は、最後の力を振り絞り、続く西川を三振に仕留めて128球完投。味方の反撃を信じてベンチに戻りました。
先発投手のそんな姿を見たら、野手たちが奮起しないわけがありません。それもまた、岡田監督の狙いだったように思います。阪神打線は二死満塁のチャンスをつくると、中野が逆転サヨナラ二塁打を放ち、劇的なサヨナラ勝ち!
阪神ベンチが歓喜に沸くなかで、印象的なシーンがありました。勝利投手となった西勇に向かって、岡田監督がスッと右手を差し出したのです。帽子を取って、その手を握り返した西勇。指揮官と選手の深い絆を感じさせる名シーンでした。
この試合、お立ち台に立った中野は、こう語っています。
『西さんが9回を1点で抑えてくれて。黒星をつけるわけにはいかないと思った。なんとか自分がかえすことができて、西さんに白星をつけることができて良かったです』
~『デイリースポーツonline』2023年4月20日配信記事 より
こういう投手と野手の「一体感」を開幕から1ヵ月経たないうちにつくり上げた岡田監督の手腕は、さすがの一言です。5月27日の巨人戦でも、0-0の7回に代打を出され降板した先発・大竹に何とか勝ちを付けてやろうと野手が一丸となって先制点を挙げ、大竹がベンチで涙を流すシーンがありました。
指揮官が選手を信頼し、選手たちが「One For All, All For One」の精神で一丸となって戦っているタイガース。それは強いはずです。パ・リーグはどこも手強いですが、交流戦で岡田監督がどんな采配を見せてくれるのか、2008年のリベンジに向けて、大きな試金石になりそうです。