横浜一筋16年
秋風の吹き始めた横須賀。DeNAの練習施設“DOCK”で連日精力的に汗を流す田中健二朗の姿がある。
2007年高校生ドラフト1位で入団して以来、横浜一筋16年、“TBS時代を知る最後の戦士”として腕を振り続けた左腕はこのオフ、来季の契約を結ばない旨を伝えられた。
球団からは引退するならセレモニーの打診も受けたが「翌日には現役続行希望の返事をしました」とほぼ即決で引退を拒否した。
根底にあるのは「まだまだやれる」の一言。今シーズンは春先から肉離れを発症しスタートこそ出遅れたが、ファームで必死に爪を研ぎ続け23試合で防御率1.64と好投を続けた。すると遂に6月30日に一軍登録され、翌日から1週間で3登板、ワンポイントに回またぎとフル回転しチームに貢献。一度ファーム調整もあったが、8月までで9登板し、防御率は2.00と安定した成績を残した。特に8月22日のゲームでは連打を浴びたあと、この日2本のホームランを放っている堂林翔太と、左に強い會澤翼をともに切れ味鋭いフォークで連続三振に切って取った場面は「鋭く落ちていましたよね」と本人も納得のボールだった。
10月1日、結果的にはベイスターズのユニフォームを着て登板する最後の公式戦となってしまった横須賀でのゲームでも、高め144キロのストレートでバットを空を切らせ、141キロのストレートをアウトロービタビタに決める2奪三振ピッチングを披露し“健二朗ここにあり”を見せつけた。
この一年を「良かった日もあれば悪かった日もありますけれども、それでももっと上を目指したいとは思っていました」と常に向上心を持って野球に取り組んだと告白。「身体は全く問題ないです」と自信満々に口にするほど、2019年8月15日に敢行したトミー・ジョン手術から苦労して馴染ませた“新しい左肘”に問題は皆無で、その際にいじめ抜いた全身のトレーニングの努力が実ったのか、今シーズンもストレートの最速は147キロをマーク。近年のトレンドの高速化にも対応した上で、従来の代名詞とカーブのコンビネーションで緩急を使うピッチングも健在で、打者を打ち取るバリエーションはむしろ増している。
またTJ手術を受けたあとの道のりを、平良拳太郎や東克樹にアドバイスし、今年頭角を現した石川達也や宮城滝太には、数々の修羅場をくぐってきた経験を惜しみなく伝授。球団職員の古村徹もキャッチボールの相手を買って出るなど周囲からは常に慕われる存在なだけに、今後の去就を気にかける人は多く、DOCKに集まっているファンからも心配の声が絶たない。
そんなベテランの今後の目標は、あくまでも「NPBだけです」とキッパリ。続けて「自分の中では自信はあります。ファームでの最後のピッチングも結果や感触が良かったこともあり、まだまだやれると思っています」と切れ長の目をギラつかせた左腕。「やれる場所を求めているだけなんで、どこかやらせてもらえる所があれば」といまはただ、先の見えぬ孤独な戦いに向かって研鑽を続ける。
取材・文=萩原孝弘