全盛期のメジャーリーガー・イチローを体験できる『実況パワフルメジャーリーグ』

「やっぱり若い選手は、『なんか、カッコ悪いなあ』って同情してくれましたけど(笑)。柴原さんや年配の方が、結構、いいじゃないかって感じでウケがよかったみたいです」(週刊ベースボール1994年5月9日・16日号)

 31年前、登録名を「イチロー」に変更した直後、同世代の選手から「なんかダサくね?」的に同情されていたハタチの若者が、気が付けば51歳になり、そして伝説となった。日本の資格1年目での野球殿堂入りに続いて、アメリカでも得票率99.7%でアジア人として初の米野球殿堂入りを果たしたのである。

 ゲーム野球史的に見れば、イチローとパワプロは同期生である。1994(平成6)年3月11日にコナミから発売されたのが、シリーズ1作目のスーパーファミコン用ソフト『実況パワフルプロ野球’94』。そして、94年4月7日にオリックスは鈴木一朗外野手の登録名を「イチロー」に呼称変更することを正式に発表している。

 当時は、パ・リーグの試合を見る手段がほとんどなく(速報が知りたければ家電話からダイヤルQ2に真夜中のテレフォンだ)、『プロ野球ニュース』の時間にはもう寝ている少年ファンたちは、パワプロ経由でイチローの凄さを知った。シリーズ2作目から登場する、背番号51のひとり別次元の巨大なミートカーソルや各項目オールAの完璧超人ぶりに驚愕。シナリオモードでは、どこに投げてもクリーンヒットを打たれてしまう最強のラスボス感に絶望。まさにすべてが新しいイチローは平成球界の希望そのものだった。

 そして、シアトル・マリナーズ在籍時の全盛期のメジャーリーガー・イチローを体験できるのが、2006(平成18)年5月11日発売のPS2・GCソフト『実況パワフルメジャーリーグ』である。この約2カ月前、第1回WBCでイチローが侍ジャパンを牽引して世界一の原動力に。本作のパッケージには、ヤンキースの松井秀喜風パワプロくんが登場。前年の05年シーズンは、ホワイトソックスの井口資仁が渡米1年目で世界一に輝き、06年秋には松坂大輔(西武)のポスティング狂騒曲が話題となる。

 そんな日本でのメジャー熱が上昇中のタイミングで世に出た『パワメジャ』だが、発売19年後の今、あらためてその作り込みと先見性に驚かされる。「表示スタイル」設定で球速表示がアメリカのマイルではなくNPBのキロメートル、守備位置表示や試合進行メッセージが日本語という「日本風」を選択可能。このあたりは海外メーカー制作の大味なMLBゲームがいまいち合わない……と嘆く日本の野球ファンでもストレスなく遊ぶことができる。

 さらに試合シーンでは、通常のパワプロと比較するとストライクゾーンも外角にボール1個分ほど広くなっており、メジャー投手の手元で微妙に変化する直球系変化球の軌道にもこだわったと、本作のプロデューサー谷渕弘氏は明かしている。

「『パワプロ』の感覚でプレイすると、ストライクゾーンやツーシームに戸惑うでしょうね。ここらへんの違いは、メジャーに挑戦した日本人野手がぶつかる壁なので、それを再現できたかもしれません(笑)」(実況パワフルメジャーリーグ公式ガイド コンプリートエディション)

 PS2の『ウイニングイレブン』で海外のサッカー選手を覚えたように、本作でMLB全30球団のホーム球場や選手を知ったという人も多いのではないだろうか。なお、イチローは2年前の04年にシーズン最多記録の262安打を放ち、打率.372をマーク。05年は打率.303ながらも5年連続200安打に到達。メジャー自己最多の15本塁打を放っており、『パワメジャ』ではミートB(6)、パワーB(129)、走力A(14)、肩力A(14)、守力B(13)……いやエリア51は守力Aでしょなんて突っ込む間もなく、レーザービーム、スパイダーキャッチ、チャンスメーカー、内野安打○、積極盗塁など10個以上もの特殊能力が設定されている。

 当時のシアトル・マリナーズには日本人捕手初のメジャー移籍となる城島健司、若手野手にはのちに日本球界で活躍するホセ・ロペスやバレンティンらが所属。マリナーズのマイナーにはヤクルト時代に本塁打王や打点王に輝き、25歳上のオルガ夫人で姉さん女房革命を起こしたロベルト・ペタジーニもいるので、メジャー登録してNPBオールスター的なスタメンを組むことも可能だ。

 さらにサクセスモードは、米独立リーグの「パラダイスリーグ」を舞台に夢のメジャーリーグを目指す。当時、日本ではまだ独立リーグはなじみが薄く、前年の05年に四国アイランドリーグが始まったばかり。同じく05年に米独立リーグに参加したジャパン・サムライ・ベアーズは、クロマティ監督が度々問題を起こし、わずか1年で撤退した。厳しい世界だ。サクセスを進める内に、容赦なく同僚選手がクビを切られ去っていく独立リーグのリアルが骨身に沁みる。なお、「アメリカンルーキー編」はアメリカ出身の若手選手が主人公だが、それをクリアすると日本から来た青年がメジャー昇格を狙う「サムライチャレンジャー編」を選ぶことができる。この海を渡り米独立リーグからメジャー入りを目指すというストーリーは、当時の野球ゲームとしては異色であり、新しかった。

 
 なお、本作の公式ガイドには編集部が作ったオリジナル選手パスワードが掲載されているが、その選手名は「英寿」「伸二」「俊輔」「直泰」「能活」。そう、彼らはサッカードイツW杯を戦う日本代表メンバーだ。

 全盛期のイチローとジーコジャパン。まさに2006年発売の『実況パワフルメジャーリーグ』は、あの頃の空気感が詰まった名作なのである。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

【中溝康隆・プロフィール】
1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2010年開始のブログ『プロ野球死亡遊戯』が話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人を担当し初代日本一に輝いた。主な著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)『令和の巨人軍』(新潮社)ほか。新刊『巨人軍vs.落合博満』(文藝春秋)も絶賛発売中! 

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