「世界の野球ファンの皆さんへ。西暦2020年。いよいよS.B.B『スーパーベースボール』が開幕します」
これは中東での新リーグ構想ではなく、『2020年スーパーベースボール』(SNK)説明書の冒頭に記載された一文である。実在のプロ野球やMLBではなく、世界各国から架空の12球団が集結して、強化プロテクトを装備した選手たちが超人的プレーでしのぎを削る。1991年にアーケード版が稼働し、同年秋にはネオジオに移植。1993年3月12日にはスーパーファミコン版が、1994年3月4日にはメガドライブ版も発売されている。
今から30数年前の人々には、西暦2020年前後は近すぎず遠すぎずちょうどいい距離の近未来だった。なお、シュワルツェネッガー主演の映画『バトルランナー』(1987年公開)作中の警察国家が世の中を支配する世界の時代設定は2019年。『AKIRA』(1988年公開)の舞台も2019年のネオ東京である。近未来を描くとき重要なのは、その細部のリアリティだ。専用球場サイバーエッグで人間の限界を超えた選手たちが激突する!…というスーパーサイヤ人のような荒唐無稽な設定の『2020年スーパーベースボール』も、野球ゲームとしては珍しく、説明書に世界観を補完する「ストーリー」が記されている。

「人気No.1のプロスポーツ、S.B.B(スーパーベースボール)。その華やかさの陰では各国スポンサー企業の陰謀が渦巻き、協会の手により巧妙な八百長試合が仕組まれていた。何も知らない選手たちの過激なプレイに熱狂するファンたち。世界で最も汚れたスポーツ、S.B.B。その真相に気付きはじめた選手たちは、クリーン・ファイトを取り戻すべくついに立ち上がった」
アメリカン・ドリームスの若手投手ロッドは球界一の問題児だが、野球センスは抜群。バトル・エンジェルズの四番を打つのは、美貌と実力を兼ね備えた球界のアイドルことレイア。彼女はハイスクール時代にロッドからサヨナラ打を三度記録している。そんなライバル同士の二人が手を組み、クリーン・ファイトを取り戻すためにS.B.B協会と対峙するのだ(というストーリー)。
さらにこのゲームのカギを握る強化プロテクターも細分化され、ネオチタン合金バット、ニューファインセラミックグローブ、ショルダーアポジモーター、ホバー圧電スパイクとそのネーミングセンスが絶妙に当時の20世紀少年たちに刺さりまくる。さらにはベースボール・ロボのメインコンピュータはSF映画でおなじみHAL9000、流体モーターはモスキート2019型と異様なほどに背景が細かく設定されている。


制作側の本気のこだわりに圧倒されつつ、実際にゲームを遊んでみると、まさにシュワルツェネッガー主演映画のようなクレイジーベースボールが展開される。強化プロレクターのバーニア装着で、はるか上空の打球をキャッチする「ジャンピング・ブロック」。グラウンドと平行にバーニアを全開させるとハイスピードでダイレクトキャッチする「バーニアダイビング」炸裂。さらにイニング毎にグラウンドには、接触すると爆発して野手が吹っ飛ばされるクラッカー(爆弾)が大量に設置される。もはや球場というより、戦場から怒りの脱出風のハードさだ。

試合中は例えばヒット1本打てば300ドル、ダイビングキャッチを成功させれば1500ドルと様々なプレーに対して賞金が与えられ、それをもとにチーム強化して戦っていく。勝負どころでパワーアップ・アーマーやスペシャル・ロボを購入。女子選手チームのバトル・エンジェルズやトロピカル・ガールズが躍動し、超強肩のキャッチャーロボが君臨する近未来の風景。メタル・スラッシャーズの大黒柱ツェッペリンは、投げては時速300キロ近い剛速球で防御率0.11、打っても打率4割の安打製造機と早すぎた二刀流として君臨する。
そんな自由すぎるキャラ設定とは対照的に、ベースの野球部分のバランスは意外と程よく、守備や走塁もストレスなくプレイできるのも嬉しい。現在、ほとんどのレトロ野球ゲームは選手名等の権利関係で当時モノの再販が難しいが、『2020年スーパーベースボール』は架空の球団と選手で世界観を作り込んだため、令和の今もSWITCHやPS4でアケアカNEOGEOのダウンロード版を購入することができる。しかも、838円のお手頃価格だ。
本作は、細かいことは気にせず、90年代の筋肉アクション映画を楽しむ感覚で遊んでほしい。当時のチラシには「日米で、映画・コミック化決定!! 壮絶なスケールの近未来ベースボール。」と大々的にぶち上げられているが、いまだに映像化も漫画化もされてねぇ……なんて細かいことは気にせず、野球ロボットを打ち砕き、華麗なバーニアダイビングで空を舞い、クラッカーを踏んで派手に爆破炎上を笑い飛ばすのもいいだろう。本作はそんな愛すべき、唯一無二のサイバーパンク・ベースボールゲームなのである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)