「467本」
これはプレイステーションで1997年に発売されたソフトの総数である。この年の1月に『ファイナルファンタジーVII』(スクウェア)、7月には『みんなのGOLF』(SCE)と大ヒット作を連発し、プレステはセガサターンやNINTENDO64を大きくリードして、国民的ゲーム機の座を揺るぎないものにしようとしていた。
いわば“プレステバブル″の中で1997年は野球ゲームも大量にリリースされ、絶対王者の『実況パワフルプロ野球’97開幕版』(コナミ)だけでなく、フルポリゴンで97年最新選手データ搭載の『デジカルリーグ』(アクエス)、4000校の頂点を目指す高校野球ゲームの『甲子園V』(魔法)、まだ日本人野手がいないMLBが舞台の『メジャーリーグベースボール トリプルプレイ98』(エレクトロニック・アーツ・ビクター)とあらゆるカテゴリーをカバーしてくれる野球ゲーム黄金期が到来するのだ。

そんな1997年7月31日に発売されたのが、『ベースボールナビゲーター』(エンジェル)である。漫画家の島本和彦が描くカバーイラストのインパクトが強いが、本作はソフト帯に表記されているように「プロ野球ファン待望の監督シミュレーション」で、メインは「プロ野球の監督生活を疑似体験できる」という異色のシナリオモードである。
まずは指揮を執る球団を懐かしの近鉄バファローズに決め、試合時の采配の傾向は打順変更少ない、守備固め少ない、ストッパーダブル、走塁指示貯める、バント少ない…と攻撃野球を標榜する。いきなり球団オーナーから「あなたの働きしだいで1軍監督昇進も考えています」と喝を入れられつつ、最初は2軍監督からスタートだ。

まずは首脳陣が集まる月間ミーティングで1軍の40人枠を決定。さらに特別ミーティングでFAリストから獲得する選手を話し合い、ドラフト会議前には指名選手を4位まで決めていく。当時の球界は逆指名ドラフト全盛だが、このゲームに裏金を握らせて入団させる……なんて裏技はなく、指名重複した即戦力クラスは抽選となる。
無事ドラフトを終えたと思ったら、直後に首脳陣は特別ミーティングに招集され、オーナーから「今日はドラフトで新しく入団した選手に代わり、解雇する選手を取り決めたいと思います」とド直球のシビアな会議に突入する。1軍監督、1軍ヘッドコーチ、2軍監督からそれぞれ意見を出し合い、オーナーが決議していくわけだが、それぞれ可愛がっている子飼いの選手がいるので意見が割れるのが妙にリアルだ。個人的に元巨人組の香田勲男や松谷竜二郎(引退後は建設会社社長に)を守りたかったが、あっさり自由契約で押し切られてしまった。

続くトレード選手獲得の編成会議では、西武のベテラン捕手・伊東勤の獲得を提案。するとオーナーから「2軍監督の意見でいきましょう。みなさん、よろしいですね!」と採用されガッツポーズだ。一方で外国人選手獲得ミーティングでは、こちらの意見がガン無視され、なんとタフィ・ローズを解雇して、リカルドという謎の外野手と契約されてしまった。令和のゲーマーとしては、「俺はローズの未来を知ってるのに……!」と半泣きである。
とにかく2軍監督に就任するなりひたすら会議の日々。しかも年上の1軍ヘッドコーチの謎のゴリ押し提案も多々あり、サラリーマン監督の悲壮を味わいキャンプインから2軍のウエスタン…ではなくジュニアリーグ開幕へ。ここで自身の評価を上げるため、勝ちにこだわり大石大二郎や村上隆行といったベテラン陣をスタメンで使うのか、あくまでファームは育成優先で若手の強化指定選手に打席数を与えるのかはプレーヤーに委ねられる。結局、シーズン序盤は不満が出ない程度にベテランを使いつつ、徐々に若手が並ぶオーダーに固定していく。

シーズン中の練習は体に負担の大きい投げ込みや走り込みは、成功したら飛躍的に調子がアップするが、失敗しやすく大スランプに陥るというリスクもある設定だ。さらに定期的に選手が悩みごとを相談してくるので、野球留学を希望する選手を「甘えるな」と一喝したいのを我慢して、励ましたりする毎日である。
開幕1カ月も経てば、往年の近鉄らしい“いてまえ打線”が火を噴き、ジュニアリーグの打撃タイトルを独占。川口憲史や森山一人といった当時の若手陣が順調に育ち、チームも首位を快走だ。正直、30年近く前のシステムなので守備や走塁に不可解な動きも多く、長い試合モードで選手に指示を出しつつ1試合通して観戦するのはかなり厳しい。ペナント日程オート進行もないので、泣けるくらい時間と手間がかかる忍耐力を試される野球ゲームだ。そんなハードな設定もあえて受け入れ、移動が厳しく、朝も早いためほとんどプライベートな時間が取れないと言われる実際の2軍監督生活と重ねて、黙々とプレーする。

すでに気付いている読者の方も多いと思うが、『ベースボールナビゲーター』は試合部分での駆け引きより、ひたすら監督業を追求するマニアックかつストイックなゲーム設定のため、28年前の発売時ほとんど話題になることもなく、年間467本発売というソフトの山に埋もれてしまった。ただ、長嶋茂雄、王貞治、野村克也、星野仙一、仰木彬ら各球団にスター監督が顔を揃えていた1990年代、「プロ野球監督」という職業にフューチャーした本作は、当時の球界のトレンドを反映していたと言っても過言ではないだろう。
あくまでファンタジーよりも、ヒリヒリするようなリアルさを求めるあなたへ。『ベースボールナビゲーター』で、1軍での胴上げを夢見て、オーナーのご機嫌伺い、長い会議と若手育成に追われる中間管理職のような2軍監督業を疑似体験してみるのはいかがだろうか。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)