「若く勢いピッチャーがたくさん出て来て、その中に僕が入ることで、しっかり若手を引っ張っていけたらいいなと思います」。
ロッテ・美馬学は、2019年12月3日に行われた入団会見で若手を引っ張っていく姿勢を示したが、その言葉通り、ロッテでプレーした6年間、言葉で、背中で若手投手を引っ張った。
移籍1年目の20年は9月20日の日本ハム戦、初回にボールが真ん中に入って3点を失ったが、2回以降は崩れず8回を3失点にまとめれば、10月4日の西武戦、連投中だった益田直也、澤村拓一を休ませ、9回・100球の省エネ投球で移籍後初完投勝利を挙げた。同年はチームトップの10勝、チーム2位の123回を投げ、チームも07年以来となるリーグ2位に入った。
22年は当時ルーキーだった松川虎生捕手とバッテリーを組み、チームトップの10勝をマーク。オールスター明けは7試合・44イニングを投げ、5勝0敗、防御率0.82と抜群の安定感を誇った。同年二桁勝利を挙げたのを最後に、23年以降は悔しいシーズンが続いたが、美馬の教えが後輩たちに浸透してきたのもこの時期だ。
23年は美馬と自主トレを行っていた森遼大朗が4月19日の日本ハム戦で、プロ初勝利を挙げた。当時一軍投手コーチだった小野晋吾氏は23年4月26日の取材で、「森の4年目、美馬が二軍で調整しに来てくれた時に、フォークのヒントを与えるようにお願いした。きっかけを掴んでフォークが落ちるようになった。そこから自主トレとかも誘ってくれて、本当に感謝している」と美馬に感謝のコメントを述べている。
◆ 美馬の魂を受け継ぐ小島和哉
美馬が「(若手の)お手本でいられるようなピッチャーでいたいですね」と話していた中で、その影響を大きく受けたひとりが5年連続規定投球回到達に残り3イニングに迫った小島和哉だ。
小島は、美馬がロッテに入団した当時はプロ2年目。美馬が先発ローテーションの一角として長いイニングを投げ、小島は先発ローテーションで投げてはいたものの、5回、6回で降板することが多く、同年は規定投球回に届かなかった。
「僕がローテに入った当時は美馬さんとかが8回を投げて、僕とかが5回、6回とかでギリギリ勝ちをつけさせてもらっていた。今度は自分が逆の立場になって、(9月)8日の試合で河村とか勝ったら僕もすごく嬉しい。少しでもチームのためにその魂を受け継いでやっていけたらなと思います」と、しっかりと小島が“美馬の魂”を継承していくつもりだ。
美馬がしっかりと若手に手本で示し、それがマリーンズの若手投手陣に浸透しているように感じる。美馬自身、この6年で若手の手本を示し続け、その役割を果たしたと感じているのだろうかーー。
「自分で実感はないですけど、そういう後ろ向きな姿みたいなものを見せてきていないので、それが(若手投手に)どう感じているかはわからないですけど、そういう姿を見せられたんじゃないかなと思います」。
FAで楽天からロッテに移籍しプレーした6年間で、間違いなくマリーンズの若手投手陣に大きな影響を与えた。背番号15が静かにユニホームを脱いだ。
取材・文=岩下雄太