最下位に沈んだロッテはこのオフ、美馬学が現役引退し、石川歩、澤村拓一、荻野貴司が現役続行を目指し退団、今季まで背番号18を着けた二木康太が来季の契約を結ばず退団と、若い背番号が一気に空いた。さらに、2019年に現役引退した福浦和也現二軍監督が現役時代に背負っていた9、昨オフポスティングシステムを利用してメジャー挑戦した佐々木朗希が昨季まで着けていた17、現役ドラフトで西武に移籍した平沢大河の13、若い背番号では、0、9、11、12、13、15、17、18、20が25年11月1日時点で空き番号となっている。
13は昨季まで内野手の平沢が9年間背負っていたが、10番台の番号は日本の野球界では投手が着けることが多い。大きい背番号をつけている若手投手を見ていくと、長年目標にしていた50試合登板を達成するなど、20ホールド、12セーブとあらゆる部門でキャリアハイを記録した横山陸人が『60』、高卒2年目の今季、プロ初登板、プロ初勝利、プロ初ホールド、プロ初セーブ、シーズン最後の登板となった9月24日の西武戦でプロ初完封勝利を記録した木村優人の背番号が『53』、高卒5年目の今季、故障で離脱する前までは勝ち試合の8回、9回を任され、自身初のオールスターゲームにも出場した中森俊介の背番号が『56』、前半戦は先発ローテーションで投げ3勝・防御率2.48の成績を残した田中晴也は背番号『35』を着けている。
近年オフに10番台に変更した投手を見ると、プロ入りから3年間『43』を着けた小島和哉は3年目の21年に自身初の規定投球回、二桁勝利を達成したオフに『14』に変更。小島は背番号を変更した当時、「ロッテでたくさん活躍された方がずっと着けていた背番号でもありますし、早稲田の大先輩が着けていた番号でもある。すごく僕自身、身が引き締まる思いと、しっかりこの番号で活躍したい気持ちが強いです」と話した通り、現在5年連続規定投球回に到達し、マリーンズのエースに登り詰めた。
種市篤暉もプロ入りから3年間63を着けていたが、3年目に同年チーム最多タイの8勝、規定投球回に届かなかったがリーグ4位の135奪三振をマークし、オフに現在の『16』に変更となった。背番号を16に変更した直後の20年1月6日の取材で、「言われた時は単純に嬉しかったですし、早いかなと思ったんですけど、心機一転、もっと頑張ろうという気持ちになれました」とモチベーションに変え、今では日本を代表する投手に成長した。
◆ 新人投手
ドラフトで指名した最速158キロ右腕1位・石垣元気投手(健大高崎高)、2位・毛利海大投手(明治大)は即戦力投手。
野手ではあるが、昨年ドラフト1位・西川史礁は、「千葉ロッテマリーンズにとって背番号6は特別なものだと思いますし、またその背番号を託してくださった球団の皆さんに感謝しています。自分の生涯全力をかけてしっかりやっていきたいと思います」と、落合博満氏、初芝清氏、井口資仁氏ら“右の長距離砲”が背負った『6』を託された。石垣島春季キャンプでは「もっと映えれるように結果を残して頑張りたい」と言葉通り、プロ1年目の今季、リーグ6位の打率.281、リーグトップの27二塁打と、背番号に負けない活躍を見せた。プレーする中で“6番”の重みを感じたかシーズン終了後に訊くと、「あんまりそこは感じずに。すごく良い番号もらっているので、嬉しい気持ちでプレーできていますし、この背番号に誇りを持ってやっています。これからもやっていきたいと思います」と、プレッシャーに感じることなくプレーした。
背番号の重みを感じることなく、自身の努力できっちりと結果を残した新人選手もいる。10番台に空き番号がなかったこともあり、新人投手が10番台を1年目から背負った投手は19年ドラフト1位・佐々木朗の『17』が最後となっているが、これだけ若い番号が空いているとなると、いきなり新人投手に期待を込めて、若い背番号を託す可能性も高い。
野手でも高卒2年目ながら規定打席に到達した寺地隆成は『65』、規定打席に届かなかったものの打率.286をマークした髙部瑛斗は『38』、攻走守にチームに欠かせない存在となった小川龍成は『57』、日本人チーム最多の11本塁打を放った山本大斗は『61』だ。
ちなみに昨オフの背番号変更は、支配下登録から育成選手に契約が切り替わった選手を除くと、首脳陣のみだった。投手も野手も含めて、このオフ背番号のシャッフルがあるのか注目だ。
取材・文=岩下雄太