コラム 2017.12.11. 18:00

1989年の斎藤雅樹『万年トレード候補から“平成の大エース”への覚醒』【平成死亡遊戯】

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花束を手にファンの祝福にこたえる現役時代の斎藤雅樹氏(11連続完投勝利のプロ野球新記録)

平成のプロ球界を振り返る


 プロテクトリストは「未来」ではなく「今」を守るものだ。

 だってFA補強自体が来年シーズン勝つためにするわけだから。将来に夢を見るのはファンの役割で、将来をシビアに見るのがフロントの仕事である。阪神が、DeNAへFA移籍した大和内野手の人的補償として22歳の尾仲祐哉投手を獲得というニュースを聞いてそう思った。そして、ふと考えた。もし30年前にFA制度があったら、あの投手も人的補償でチームを去っていたかもしれないなと。

『歓喜25号 原が決めた 巨人V』

 今、手元に28年前のスポーツニッポンがある。1989年10月7日付け、「歓喜の涙の王者復活。10月6日、午後9時16分。127試合、2年ぶり34度目の王座奪回」と書いてある。驚いたことに、“縦横無尽スルメ野球”と称賛される一面の故・藤田元司監督の胴上げ写真はカラーではなくモノクロである。裏一面では引退を決めた中畑清が惜別胴上げで男泣き。「ヘイセイ球史開く元年セ界一」の小見出しが踊る1989年のプロ野球。東京ドームは開業2シーズン目でまだ白い屋根がキラキラしていて、好景気に湧くニッポン列島では横浜ベイブリッジが開通し、任天堂から初代ゲームボーイが発売された。

 気が付けば、俺もあなたもいい歳だ。あれから30年近くが経ったのである。そして、再来年の平成31年5月1日から新元号へ。この連載では、残りわずかとなった『平成プロ野球』の出来事を振り返っていくことにしよう。


FA制度のない時代


 第1回目は平成元年の1989年だが、この年に生まれた赤ん坊も2017年にはすでに28歳だ。89年セ・リーグでは8月下旬まで打率4割をキープした巨人のクロマティがチームを牽引し、6月8日に首位に立つとほぼ独走態勢に。パ・リーグでは三つ巴の激しい優勝争いが繰り広げられ、西武との天王山ダブルヘッダーで近鉄のブライアントが4打席連続本塁打を放ち大混戦を制した(なおもしも89年も西武が優勝していたら、85年から94年まで巨人のV9を上回る10連覇を達成していたことになる)。日本シリーズは近鉄の“いてまえ打線”の勢いに巨人が苦戦するも、3連敗からの4連勝で8年ぶり日本一に輝いた。

 そしてこのシーズン、ひとりの若手投手が突然20勝を挙げて話題となった。当時7年目、24歳の斎藤雅樹である。

 市立川口高校から82年ドラフト1位で巨人へ(ヤクルト荒木大輔の外れ1位)。抜群の打撃センスと守備力で遊撃手コンバートも検討されたが、藤田監督の助言でオーバースローからサイドスローに転向。2年目の84年にプロ初勝利、翌85年には12勝を挙げて一躍若手の注目株となる。しかし、あの甲子園のスター桑田真澄が入団してきて、1学年上の剛腕・槙原寛己も台頭。斎藤は86年7勝、87年0勝に終わり、気が付けばトレード候補として毎年ストーブリーグのスポーツ新聞を賑わすことになる。

 86年オフにはロッテの三冠王・落合博満との複数トレード要員で名前が挙がり移籍を覚悟。87年オフには南海のエース山内孝徳と斎藤+鴻野淳基のトレードがほぼ合意しかけるも、巨人の絶対的エース江川卓の突然の現役引退により白紙に。その秘められたポテンシャルは高く評価されながら、メンタル面の弱さも指摘され伸び悩んでいた20代前半の斎藤。いわば、典型的な「環境さえ変われば飛躍するかも…」的なトレード要員だったわけだ。

 もちろん、それに加えて巨人ベテラン主力選手の「トレードに出されるくらいなら引退する」という当時のセ・パ人気格差もあり、必然的に斎藤のような1軍経験のある若手が移籍候補者として名前が上がっていた。FA制度がまだ存在しなかったあの頃、トレードは選手にとって(もちろんファンにとっても)今よりずっと身近でリアルな問題だった。


7年目の覚醒から大エースに


 そんな崖っぷちのイチ若手投手は、藤田監督の現場復帰という環境の変化をきっかけに覚醒することになる。89年5月10日の大洋戦、一打逆転のピンチでもベンチは動かず続投させ、斎藤は4失点完投勝利。これに自信をつけた背番号41は、なんとここからプロ野球記録の11連続完投勝利を挙げ、最終的に20勝7敗、防御率1.62と凄まじい成績を残し、各投手タイトルに加え沢村賞にも輝いた。

 特筆すべきは、先発30試合の内、21完投を記録しているという事実だ。この年の巨人は年間130試合制でなんと半数を超える69完投(ちなみに2017年の143試合制で12球団トップは楽天とオリックスの13完投)。投手分業制が日本球界で確立されるのは90年代中盤と、平成元年はまだ昭和の価値観が色濃く残る球界だったと言えるだろう。

 平成の幕開けとともに、昭和後期巨人の江川と西本の二本柱の時代から、斎藤・桑田・槙原の平成三本柱時代の始まりだ。7年目に覚醒して、万年トレード候補から平成の大エースへと成り上がった男は16年1月に野球殿堂入り。通算180勝96敗、防御率2.77。あの11連続完投勝利を始め、沢村賞3度受賞、最多勝5度獲得、3年連続開幕戦完封はそれぞれプロ野球記録として今も破られておらず、2年連続20勝を挙げた投手も斎藤以来、出現していない。

 さて、もう一度28年前のスポーツ新聞を見てみよう。89年10月6日の横浜スタジアムでの藤田監督歓喜の胴上げ…。そうか、巨人が34度目の優勝を飾った5日後に生まれたのが、現巨人エースの菅野智之である。2017年、菅野は89年の斎藤雅樹以来セ・リーグ28年振りの3試合連続完封勝利を記録した。平成の大エースから、新世代エースへの継承。時計は今日も進み続けている。

 果たして28年後、56歳になっているであろう菅野は“何々の大エース”と呼ばれているのだろうか?


文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

<参考文献>
・スポーツニッポン 1989年10月7日
・『週刊プロ野球 セ・パ誕生60年 1989年』(ベースボール・マガジン社)
・『これがホントの江川卓だ!』(日本政経文化社)

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