コラム

2人合わせて年間101本塁打・263打点!ローズ&中村紀洋のいてまえコンビ【平成死亡遊戯】

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近鉄時代の中村紀洋(左)、タフィ・ローズ(右)(C)KYODO NEWS IMAGES

平成の大砲コンビ


 33年前の夜、阪神vs巨人戦で少年は甲子園のバックネット裏席からバース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発を目撃した。当時11歳の彼の名前は「中村紀洋」という。いつの時代も、球場で見るホームランは誰かの人生を変える力がある。

 昭和の球界には同一チームに子どもたちが憧れる様々な大砲コンビがいた。巨人の長嶋茂雄と王貞治、広島の山本浩二と衣笠祥雄、西武の秋山幸二と清原和博、そして阪神のランディ・バースと掛布雅之。ならば平成球界ではどうだろうか?

 個人的に印象深いのはタフィ・ローズと中村紀洋の大阪近鉄バファローズコンビだ。90年代末から2000年代前半にかけての2人の爆発力は凄まじく、2001年には“いてまえ打線”の中核として近鉄最後の優勝に導いた。今回はあの頃のローズ&中村コンビを振り返ってみよう。

▼ 1999年
ローズ:131試 率.301 本40 点101 OPS1.015
中 村:135試 率.262 本31 点95 OPS.848
チーム成績:135試 54勝77敗4分(6位)
☆タイトル:ローズ(本塁打王・打点王)

▼ 2000年
ローズ:135試 率.272 本25 点89 OPS.815
中 村:127試 率.277 本39 点110 OPS.959
チーム成績:135試 58勝75敗2分(6位)
☆タイトル:中村(本塁打王・打点王)

▼ 2001年
ローズ:140試 率.327 本55 点131 OPS1.083
中 村:140試 率.320 本46 点132 OPS1.064
チーム成績:140試 78勝60敗 2分(1位)
☆タイトル:ローズ(本塁打王)
:中村(打点王)

▼ 2002年
ローズ:138試 率.272 本46 点117 OPS.957
中 村:140試 率.294 本42 点115 OPS.997
チーム成績:140試 73勝65敗2分(2位)
☆タイトル:ローズ(打点王)

▼ 2003年
ローズ:138試 率.276 本51 点117 OPS.999
中 村:117試 率.236 本23 点67 OPS.816
チーム成績:140試 74勝64敗2分(3位)
☆タイトル:ローズ(本塁打王)

 あらためて数字を見ると圧巻の一言である。注目すべきは、この時期パ・リーグの本塁打王と打点王のタイトルをほとんど2人で独占しているという事実だ。


劇的Vとローズの55本


 99年は来日4年目のローズが二冠に輝き、2000年はプロ9年目の中村が二冠獲得。そして2001年はローズ55本・131点、中村46本・132点のプロ野球史上最強コンビと称される爆発力でお互いキャリアハイの成績を残した。

 同年の“いてまえ打線”のチーム打率.280、211本塁打、770得点はいずれもリーグトップ。2年連続最下位から北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打で劇的Vというのも豪快な猛牛軍団らしかった。

 まさに記憶にも記録にも残るシーズンで話題をさらったのは、王貞治の持つ当時の日本記録“年間55本塁打”越えを狙うローズだ。9月24日の135試合目に西武の松坂大輔から日本タイの55号アーチを放ち、その時点で残り5試合。チームの優勝決定後、30日から敵地・福岡ドームで王監督率いるダイエー戦に臨むと、打席数を稼ぐために1番打者として出場するも、2打席連続四球。残り2打席もボール球に手を出し凡退。ローズに対する全18球の内ストライクはたったの2球だったという(『週刊プロ野球セ・パ誕生60年 2001年』ベースボール・マガジン社より)。

 王監督不在のミーティングにて、ダイエーのコーチが「いずれアメリカに帰る選手に記録を作らせるな」と語ったことが報道され、川島コミッショナーが「アンフェア。好ましくない」と異例の声明文を発表する騒動に。今となればこの前時代的な価値観の事件が昭和ではなく、17年前の平成球界の出来事ということに驚かされる。


球史に残る“いてまえ”コンビ


 ちなみに30歳を過ぎた頃からホームランバッターとして開花したローズだったが、近鉄時代後期は年平均50本塁打と凄まじいパワーを誇っていた。中村も90年代後半から00年代前半はまさに全盛期の活躍で、98年以降の5年間で計190本塁打、542打点の荒稼ぎ。この数字は同時期の松井秀喜(巨人)の計204本、514打点と比較しても遜色のない数字だ。

 近鉄が優勝した01年冬、ノリさんはド派手な金髪姿で当時人気絶頂のタレント優香と並んで『日清食品 どん兵衛』テレビCM出演の偉業達成したことも付け加えておきたい。阪神のバックスクリーン3連発に感動した少年は大人となり、ある意味人生のホームランをかっ飛ばしてみせた。

 そんな大阪が誇る近鉄の心臓部だった2人のコンビも03年オフにローズの巨人移籍で解消。この頃、近鉄グループは大規模なリストラを断行するほど深刻な経営不振に喘いでおり、翌04年の球界再編で近鉄バファローズはオリックスと合併して消滅する。

 強く儚い“いてまえ打線”の象徴、タフィ・ローズと中村紀洋。なお同一球団の2人で年間100本塁打以上をクリアしたコンビは、長い球史において2001年のローズと中村だけである。


文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)
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