白球つれづれ2018~第10回・レジェンドの決断
ゴールデンウィークも終盤に差し掛かった日本時間(以下も同じ)4日、野球界に衝撃が走った。今季からシアトル・マリナーズに復帰したイチローの「会長付特別補佐」就任発表。開幕からまだ1カ月少々の段階で選手枠からは外れるが、今後もユニフォームを着て練習し、遠征にも帯同。選手の求めに応じてアドバイザーの役割をしていくという。現役引退かと思えば、来季以降の選手復帰は可能と、前代未聞の異例ずくめの記者会見となった。
実は、シアトルでは10日ほど前から、イチローに関する重大発表が行われるとの情報が飛び交っていた。故障で戦列を離れていたレギュラー外野手が戻り、外野枠は5人に。通常はベンチ入り選手のバランスから4人とされているところで飽和状態になっていた。開幕直後こそ先発出場を果たしていたイチローも44歳の年齢からくる衰えは明らかで、この間の成績は44打数の9安打で打率は.205の低率。さしものレジェンドも戦列から弾かれる格好となった。
「50歳までは現役」と公言するイチローにとって、この時点での次なる選択肢は2つ。ウェーバー公示を経て他球団でのプレーを望むか?それともマ軍から提示された現役復帰の可能性を残した特別職を受け入れるか?イチローはシアトルを最後の働き場所として選んだ。
実現しなかった歴史的対決
メジャー通算3089安打、日米通算なら4367安打。稀代の安打製造機の去就は全米でも大きな話題となった。事実上の引退と報じるメディアもあれば、来春に日本で開催されるマリナーズ対アスレチックスの開幕戦で現役復帰を予測する社もある。『USAトゥデイ紙』がこう報じている。
「(日本からやってきた2001年は)謎の人として到着し、今度は不可思議に去る」。このあたりが、多くのMLBファンの心情だろう。
翌5日にはイチローにとって、心を揺さぶられる出来事が重なる。ひとつは大谷翔平との再会だ。エンゼルスとの対戦が決まった時から同カードのチケットは日本でも争奪戦が起こっている。イチローvs大谷の歴史的対決を生で見る絶好のチャンス。ところが直前の発表で夢は幻と変わったが、逆にこの事態は新旧スーパースターの世代交代を鮮明に浮き彫りとする格好となった。
若手の勢いがベテランを飲み込んでいく。老雄は若武者の働きに自らの潮時を知る。スポーツ界には常に新旧交代の波が押し寄せる。古くは相撲界で無敵を誇った横綱・千代の富士が新鋭の貴花田(現貴乃花親方)に敗れて引退を決意した。サッカー界なら日本代表のエースとして君臨してきた三浦知良から中田英寿へのバトンタッチもそうだろう。
「雲の上の人」とイチローを語る大谷と、「速いボールを投げる、遠くへ飛ばすといったことだけでない何かを持っている」と大谷の素質を高く評価するイチロー。この2人、実は大谷がプロ入りして間もない頃から親交がある。
日本ハム在籍時に打撃コーチを務めていた林孝哉を介して何度も食事を共にしてきた仲だ。メジャーを代表する打者と160キロ超えの快速球投手の対決は実現しなかったが、日本人メジャーリーガーの輝きは間違いなく伝承されることだろう。
「このまま引退するとは思わない」
イチローにとって、同日はさらに刺激的な出来事が重なっている。エ軍の主砲であるA・プホルスの3000本安打の達成だ。
2001年、米国に活躍の場を求めたイチローが見事な活躍でア・リーグの新人王を獲得したとき、ナ・リーグの新人王はプホルスだった。以来18年間でイチローが10年連続200安打や年間安打記録262本でメジャー記録を塗り替えれば、プホルスも10年連続3割、30本塁打、100打点などの金字塔を打ちたて、ついに3000本安打の頂に立った。まさに「戦友」の記念日をイチローは我がことのように喜んだ。
その、プホルスがイチローの去就について語っている。
「彼は人としても素晴らしい特別な選手。このまま引退するとは思わない。今年は終わりかも知れないが、来年にはチャンスがある」
メジャーでは引退を宣言した男が翌年、復帰していることも珍しくない。ましてや球団から現役復帰の道まで残してもらったイチローなら、プホルスの見立ても、あながち的外れではないかもしれない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)