年に一度の賑わい
7月27日、滋賀県湖東スタジアム。1000人も入ればすし詰め状態になる、ネット裏の小さなスタンドしかないこの地方球場が、年に一度の賑わいをみせた。
独立リーグ、ルートインBCリーグは、巨人三軍との交流戦をレギュラーシーズンゲームとして行っており、昨年この地にできた新球団・滋賀ユナイテッドも、この夏場に名門球団とのカードを組んでいる。普段は集客に苦しんでいるものの、三軍とはいえ、巨人相手ということで、田舎町の田園風景に囲まれた球場は賑わいをみせていた。
ジャイアンツ相手ということで、いつもとは違う思いで球場にいるのはファンだけではない。選手たちにとっても、この試合は特別な意味を持っていた。今年、独立リーグの世界に足を踏み入れたあるルーキーは、シーズン開幕以来、このシリーズを楽しみにしていたという。しかし、それは名門巨人軍相手ということではなさそうだった。彼ら独立リーガーの目標はプロ(NPB)である。名門球団との対戦とは言え、それを夢やあこがれとしてとらえてはいない。
「相手が巨人だから特別っていうより、NPB相手にアピールっていうことの方が大きいですね。もちろんNPB相手にやりたかったっていうのもありますが、それもあくまで対戦相手の1つってことです」
だから、「GIANTS(ビジターなので胸のマークはTOKYOだが)」のユニフォームを前に臆することや引け目を感じることは全くない。
とは言うのものの、普段とは違うスタンドのお祭り的な雰囲気に、選手たちは自分たちもまた「プロ野球選手」であることを実感することができる。昨年のこのシリーズの盛り上がりを知る主将・北本亘は、この対戦があくまでNPBへのアピールの場であることを知ってはいるものの、前日には胸の高まりを抑えることができなかったという。
「やっぱり、お客さんの入りも違いますからね。いつもと一緒というわけではないですね」
独立リーグと三軍、各々の思い
北本は、NPBにも多くの人材を輩出している関西の名門、立命館大学の出身だ。かつてはそれなりにNPBのスカウトからも注目を集めたが、大学時代の後半を故障で棒に振ってしまった。卒業後もプレーしたいと考えてはいたが、社会人実業団チームが激減している中、そこに割って入るのも難しい。将来について悩んでいたところに、監督から提示されたのが、独立リーグという選択肢だった。
ともかく2年。NPB挑戦の期限を自分で決めて独立リーグに飛び込んだ。そして、今年がその2年目である。チームリーダーとしてセカンドを守ってはいるが、そこがゴールでも何でもない。それだけに、巨人戦のお祭りムードに心躍らせながらも、ここで三軍相手にやられているようだと、目標が遠ざかることを十分に自覚している。
「NPBだからって、胸を借りるとか、格上とやるんだっていう気持ちはない。向こうはまだ高校を出たばかりの選手もいますし。試合前、(松本匡史・元巨人)監督がおっしゃてたように、球はいつもより速いと思いますが、向こうもそのストレートを試して来いって言われていると思いますから、(球種がわかって)かえって与しやすいと思いますよ」と、真っ向勝負で挑んでくるであろう三軍投手には負けられないとプライドをのぞかせる。
その北本をはじめとする滋賀ユナイテッドの選手の前に立ちはだかったのが、先発の山川和大だ。3回を投げ、滋賀打線を2安打無得点に抑えた山川もまた、独立リーグで汗を流した経験を持つ。
名門大学でプレーしていた滋賀の主将・北本と違い、山川は高校までは軟式でしかプレーしていない。進学先の芦屋大学野球部は、どこの連盟にも属さず、「独立リーグ」とは名乗っているものの、選手は無給でプレーするベースボール・ファーストリーグの兵庫ブルーサンダーズの「ファーム」という扱いだった。そこから「一軍」である独立リーグでプレーする機会を得て、やはりNPBとの交流戦でのピッチングが認められ、育成ドラフトで巨人入りしたという異色の経歴をもつ。
リーグは違えども、かつて自分がいた場である独立リーグとの対戦だが、それを特に意識することはないと山川は言う。
「三軍だと対戦も多いんで、独立リーガーどうのということはないですね。でも、僕もプロ(NPB)を目指して独立リーグでやってきたんで、彼らの思いっていうか、そういうのは分かります。対戦していても、食らいついてくるな、とかそういうのは感じますね。ただ、『俺はNPBやから』って上から見ているとかそんな思いはないですよ。いつもどおり投げるだけです。相手がだれであろうとも一生懸命投げるのは当たり前なんで」
限りある時間の中で
NPBで2年目を迎えている山川だが、まだ育成枠から抜け出せていない。そういう意味では、この交流戦で、独立リーガーに打たれているようでは、2ケタの背番号は遠ざかっていく。そのことは彼自身も重々承知している。
「今日の結果は良かったですけど、自分が目指しているのはここではないですから。ここでは打たれてはいけないと思ってます。ただ結果だけがいいというのではなく、自分の中での課題も克服していかねばならないこともわかっています。今日はランナーを出してからのピッチングが良かったんで、それはできたかな。でも、まだまだ課題は多いです。僕ももう24歳なのでのんびりはしていられません」
NPBの三軍選手としてマウンドに登る山川と、独立リーグでプレーする北本。2年目を迎えているふたりは同級生でもある。大学時代は、山川よりはるかにNPBに近かったはずの北本だが、いざドラフトのふたを開けると、その地位は逆転していた。山川を含め、巨人の選手は、三軍とは言え、独立リーガーたちがつかみとることができなかったNPB入りの夢を果たしている。北本は実際に対戦して、自分たちと三軍選手との違いを感じたと言う。
「やっぱり、何かに秀でた選手が多い。どれも平均点では僕らレベルじゃNPBには行けないなって」
北本はこの2年目を自身、最後のチャンスと位置付けている。
「いつまでもズルズルというのは考えていません。最終的にはシーズン終わってから決めますけど」
彼もまた自分に残された時間がそう多くないことを知っている。三軍と独立リーグ。立場は違うが、彼らにとってNPBの一軍という“晴れ舞台”への道のりは遠い。それでも蜘蛛の糸を手繰り寄せるように、夏の暑さの中、彼らは汗にまみれてプレーしている。
文=阿佐智(あさ・さとし)