“未知の領域”である130キロを目標に
8月にアメリカで行われた「第8回女子野球ワールドカップ」で前人未到の6連覇を達成したマドンナジャパン。世界に日本の女子野球のレベルの高さを知らしめることができた大会だったが、日本代表に選ばれなかった選手の中にも、キラリと光る逸材がいる。女子プロ野球・愛知ディオーネに所属する森若菜がその一人だ。
彼女の伸びのあるストレートは、MAX128キロを誇る。今大会で3大会連続のMVPに輝いた女子野球界のエース・里綾実(愛知ディオーネ)のストレートをも凌駕し、女子プロ野球界で最速の速球投手だ。
森は今季、育成チームのレイアからトップチームの愛知に昇格したばかりだが、その代名詞であるストレートを武器に、1年目から女子プロ野球のファンを魅了している。まだまだ伸び盛りの19歳右腕の魅力に迫った。
4月30日の埼玉戦でプロ初勝利を挙げた森。本人は、「私たち(チーム)のホームグラウンドである一宮だったので勝ちたいと思っていました。自分の持っている力を全部出すつもりで投げた結果が勝利につながったと思います。野手の方たちも声をかけてくれたおかげで、気楽に投げることできました」と振り返る。
このプロ初勝利をステップに、神宮球場で行われた7月16日の埼玉戦で当時の自己最速となる124キロを計測。さらに、8月5日に香川県で行われたティアラカップで、ついに女子プロ野球最速となる128キロをマークする。
そのときの感想を聞くと、「単純に『出た!』という感じ。(128キロを出した)実感はなかったので、自分でもびっくりした」と語ったように、スコアボードに刻まれた球速に自身も観客も驚いた。
だが、森はさらにもう一段階、投手として上のレベルを目指している――。
現在はリリーフとしてマウンドに上がることの多い森は、「相手に(真っ直ぐだと)わかっていても打たれないストレートを投げたい。130キロが一番の目標です。女子プロ野球の中で一番速い球を投げる投手でいたい」と、大台到達はもちろん、最高球速保持者としての地位を今後も譲るつもりはない。
「豪速球投手」のルーツは高校時代
森は福知山成美高校の女子硬式野球部出身。高校時代は縦のカーブとスライダーを操り、“速球派投手”へのこだわりも当時から抱いていた。そんな森に、高校時代の自分と現在の自分を比較してもらった。
「高校時代は(練習していても)『もういいや』って思ってしまうこともありましたが、プロに入ってからは自分で管理しなければいけない。(周囲を見て)負けてられないなという思いも強くなりました」と、ライバルたちから刺激を受け、自然とプロ意識が植え付けられた。
さらに、「私の憧れである里(綾実)選手の最速126キロは出せないと思っていましたが…プロに入って変わることができた」と、球速アップに成功した自分自身に手応えも感じている。
プロに入って大きく成長を遂げた森だが、「女子プロ野球最速投手」になることができたのは、高校時代の独特な練習の成果にあった。
それは、恩師である長野恵利子監督に「高校2年生の冬に、125キロを投げたい」と伝えたことがきっかけで始まる。
長野監督が発案したのは、斜めの坂を裸足で真っすぐ歩くトレーニング。「どんなマウンドでも足の裏で感覚がつかみやすいように」と行うこの練習法で、足の裏の“第五感”が鍛えられるという。
このトレーニングが奏功し、「マウンドでの足の使い方がわかるようになり、体重をうまく乗せることができるようになった」という森は、高校生のときですでに最速123キロを計測するまでに成長。2016年には「第7回女子野球ワールドカップ」の日本代表候補にも名を連ねた。
惜しくも最終20名の代表枠に入ることはできなかったが、「世界大会で活躍して、日本の女子プロ野球の選手はすごいな、というところを見せたい」と、日の丸を着けてプレーする思いは人一倍強くなった。
“二刀流”挑戦や、地元・奈良への貢献も…
今季は、森にとって飛躍のシーズンとなったが、来季は女子プロ野球界でも数少ない「“二刀流”を目指したい」と、決意を新たにする。元々、打撃でも非凡な才能の持ち主で、高校時代は投打で活躍していた。
昨季まで所属していたレイアでも4番に座り、5試合に出場して14打数5安打、打率.357をマークしている。まさに来季は、“女子プロ野球界の大谷翔平”のような選手になるかもしれない。
そんな向上心の塊である森だが、今後の女子野球の発展のために何をしてみたいか尋ねると、こう語ってくれた。
「(出身地である)奈良県には女の子が野球をする環境があまりなくて、男の子と交じって野球をやっています。私が女子プロ野球選手になって野球教室で市内を回ることで、女の子がプロを目指すようになってほしい」
女子プロ野球選手を目指す女の子たちには、練習だけでなく「いっぱい食べることも大事」とアドバイスを送る。それでも自身の好きな食べ物の話題に触れると、無邪気に「オムライスとパスタが好き」と答え、19歳の女の子らしい可愛らしい一面も見せてくれた。
今後に向けては、「ケガをしない体づくりを心がけて、チームに貢献できるような投球をしたい」と抱負を語った背番号19。ディオーネの中心選手としてだけではなく、女子プロ野球界の未来を担う選手として――。彼女のプロ野球人生はまだ始まったばかりだ。
取材・文=別府勉(べっぷ・つとむ)