コラム

メキシコ野球と日本人選手の歴史 知られざるメキシカンリーガー第1号・小川邦和

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日本最初のメキシカンリーガー・小川邦和がプレーしたアグアスカリエンテスの球場 [写真=]

身近になったメキシコ野球


 恒例となった春の侍ジャパン強化試合。今回の対戦相手は、2016年秋以来のメキシコだ。

 メキシコのメンバーを見てみると、前回はシーズン後とあってアメリカでプレーしている選手も複数参加していたが、今回はオリックスに入団した昨年の3A二冠王であるジョーイ・メネセスを除く27人が国内組・メキシカンリーグ所属の選手となっている。

 日本のファンにはあまり知名度がなく、メジャー傘下のファームリーグのように思われているかもしれない「メキシカンリーグ」であるが、このリーグはアメリカのマイナーリーグ組織に加盟はしているものの、アメリカからは独立したメキシコのトッププロ野球リーグである。過去には、メキシコシティ・ティグレス(タイガース)が来日し、日本の球団とオープン戦を行ったこともある。

 この春には、かつてロッテ・阪神・DeNAなどで活躍し、昨年はアメリカ独立リーグでプレーしていた久保康友がレオン・ブラボーズ(ブレーブス)に入団。また、DeNAを自由契約となってプレー先を探していた荒波翔が、名門モンテレイ・スルタネス(サルタンズ)と契約を結んだことでも話題に。

 さらに、元銀行員という異色の独立リーガー・片山悠(元愛媛マンダリンパイレーツ)がプエブラ・ペリーコスと契約を結んでおり、このオフの間に3名の日本人選手がメキシカンリーグの球団に所属することになった。これまで謎に包まれていたメキシコ野球が、一気に身近になった感がある。


「野球渡世人」の元祖・小川邦和


 日本人選手によるメキシコでのプレーの歴史を振り返ってみると、なんと35年前までさかのぼる。

 1984年というから、まだ年号は昭和だった時代のことだ。アグアスカリエンテス・リエレロス(レールロードメン)というチームに入団した小川邦和が、日本人初のメキシカンリーガーということになる。

 この小川、相当の変わり種で、1973年にV9時代の巨人に入団。2年目の74年には12勝を挙げるなど主戦投手として活躍を見せるも、あまりの給料の安さとコーチとの確執から77年シーズン限りで巨人を退団。その後、メジャーリーガーになるという、当時としては突拍子もない夢を抱いて渡米した。

 残念ながらメジャーとまではいかなかったが、3Aまで上り詰めるなど異国の地で奮闘。その後は1981年に日本球界に復帰し、広島に入団するが、1年目に3勝を挙げたきりでその後2年は勝敗もつかず。1983年シーズン限りで自由契約となると、ここでメキシコに渡ることを決断する。

 アグアスカリエンテスでは開幕投手も務めるなど、先発として活躍。29試合に登板して10勝11敗、防御率5.72の数字を残すと、そのオフにはウインターリーグであるメキシカンパシフィックリーグのオブレゴン・ヤキスでもプレーしている。ちなみに、このチームでは、昨年冬とこの冬にDeNAの乙坂智は派遣選手としてプレーをしていた。

 近年では乙坂のように“武者修行”を目的として日本のシーズンオフにメキシコでプレーをする選手も増えているが、メキシカンリーグと日本人選手の歴史を振り返ってみると、そのはじまりは30年以上も前にあったのだ。


文=阿佐智(あさ・さとし)


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