メキシコ初の女性審判コルドアさん
3月9,10日に行われた侍ジャパンの強化試合は、2016年秋以来になるメキシコとの対戦となった。近年、野球連盟、プロリーグが連携してのナショナルチーム強化に努めるようになったメキシコは今回、選手、指導者、トレーナーに加えて、連盟、リーグのトップまでが帯同してきた。
このチーム・メキシコには、2人の審判も混じっている。すでに多くのメディアで取り上げられているので、そのうちのひとりがメキシカンリーグ初の女性審判であることをご存知の人も多いだろう。
彼女の名は、ルス・ゴルドア。メキシカンリーグの前にすでにアメリカのマイナーやメキシカンウィンターリーグ(メキシカンリーグのファームリーグ)で経験を積んでおり、昨年、トップリーグの審判員としてデビューを果たした。野球トッププロリーグの審判を女性が務めるのは初めてのことだという。
これまでにも正式採用の手前までいった女性はいたが、メキシカンリーグの正式なプロ審判になったのはゴルドアさんが「はじめて」とのこと。それだけでなく、今回は国際試合の審判にも選ばれた。記者の、「今までの仕事が認められたからでは」の声にも、「それはどうだかわからないけど」と謙遜しながら、「リガ・メヒカーナ(メキシカンリーグ)の方から日本行きを告げられたんだけど、もう涙が出るほどうれしかったわ」と喜びを隠さなかった。
一緒にゲームをつくる
プロの審判として、最も重きを置いているのが「ゲームを尊重する」ということ。あくまで審判は裏方というポリシーだ。もともとソフトボールの選手だったという彼女は、競技生活を終えた後、ソフトボール、サッカーの審判に転じたという。そして、最後は野球のプロ審判を目指した。あくまで選手が主役であることを念頭に、ゲームを一緒に作ることにやりがいを感じているようだ。
今回のチーム・メキシコのメンバーは、「東京オリンピックでまた日本に来たい」と口をそろえる。審判のゴルドアさんも同じ思いだろう。しかし、少々気の早いオリンピックについての質問には、「まずは目の前にある試合をしっかりジャッジすることが先決」と慎重な姿勢を崩さない。
今回はプライベートも含め、初めての来日。ゴルドアさんの目に映るすべてが新鮮だった。中でも印象に残ったのは、街の美しさと、治安の良さだったという。残念なことだが、メキシコは、日本以上の格差社会。大都市の中心には摩天楼が建ち並んでいるが、一歩入れば、ゴミが打ち捨てられたままのうらびれた通りがあったりする。夜のひとり歩きなど考えられない場所もある。
そんな国で、ナイトゲームの多いプロ野球の審判を女性ながらすることには苦労もつきまとうだろう。ゴルドアさんは、メキシコで最も野球がさかんな地域である太平洋岸のシナロア州在住。しかし、メキシカンリーグは、広いメキシコ全体にチームが散らばり、かつ、この州にはチームを置いていない。なぜなら、シナロア州はウィンターリーグであるメキシカンパシフィックリーグの本場だから。故にゴルドアさんは、3月末から9月いっぱいまでのシーズンは、旅から旅の生活で、家族と過ごせるのは年2~3カ月だという。もちろんその間も、ウィンターリーグのジャッジを担当している。
強化試合初戦のこの日、ゴルドアさんは3塁塁審としてフィールドに立った。そのキビキビとした動きは、国際大会の審判として文句のつけようのないもの。アウェイゲームとあってメキシコの攻撃中のスタンドは静けさがただよっていたが、その静けさを破るようにゴルドアさんのハーフスイングに対するジャッジの声がドームに響いた。
「ストライク!」
その声に気合を注入されたのか、メキシコ代表は、試合終盤に侍ジャパンを逆転。見事に勝利を収めた。
取材・文=阿佐智(あさ・さとし)