コラム

帰ってきた45歳の“生ける伝説” イチローが放つオンリーワンの輝き

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白球つれづれ2019~第11回・オンリーワンの輝き


 一人のスーパースターの一挙手一投足に、ファンの視線は釘付けになる。

 無数のフラッシュに、鳴りやまない拍手。いや、ファンだけではない。マリナーズの選手がベンチから写真を撮っている。対戦相手の巨人選手は……と見れば、新4番の岡本和真が「全部すごい、すべてがカッコイイです」とうっとりなら、主将の坂本勇人までが「いるだけで球場の雰囲気が変わる。それが凄い。いまだにオンリーワンな人」と野球少年に戻ったかのように興奮を隠さない。

 3月17日の東京ドーム。シアトル・マリナーズvs.巨人のプレシーズンゲームに4万6315人の観客が詰めかけた。いわゆる“オープン戦”としては、同球場における新記録だ。お目当てはもちろん、イチロー。その異様な熱気は間違いなく日米野球史に新たな1ページを記した。

 2試合のプレシーズンゲームを経て、マリナーズは20日からオークランド・アスレチックスとの開幕戦を日本で開催する。メジャーの迫力をアピールする場は、同時に日本人にとって、生のイチローのプレー姿を見られる至福の時となる。


瀬戸際の戦いを続ける45歳


 45歳の“生ける伝説”。かねがね「50歳まではプレーしていたい」と語るが、現実はそれほど簡単ではない。

 昨年は選手登録を外れ、「オーナー付特別補佐」という立場でチームに帯同しながらトレーニングを続けてきた。今季はマイナー契約を結び、現役の道を模索している。

 新たな挑戦として従来よりも重心を下げ、左足に体重を残す新打法に取り組むも、アメリカでのオープン戦では結果が出ず、ついに打率は1割を切った。チーム全体を見渡しても、有力なベテラン選手の整理を進めている段階で、数年後の飛躍を目指した若返り策に舵を切っている。

 この日本開幕戦ではメジャー契約を勝ち取り、先発出場も可能となっているが、帰国後は出場可能枠が28人から25人に削減される。つまり、イチローにとってはこの日本で好結果を残さなければ、再び窮地に追い込まれる瀬戸際の戦いでもあるのだ。

 そんな事情は、ファンならずとも敏感に感じている。ましてやこの先、イチローの現役続行が決まっても、日本国内での雄姿に限定すれば、ほとんど見納めの確率が高い。稀代のスーパースターの引退興行と言われる所以でもある。


思い起こされるもう一人のスーパースターの最後


 日頃見たことのない東京ドームの熱狂を目のあたりにした時、思わずもう一人のスーパースターの散り際が思い出された。長嶋茂雄の引退である。

 今からさかのぼること45年前。東京ドームの前身である後楽園球場が涙と絶叫に揺れた。1974年10月14日。常勝を誇った巨人のV10の夢が潰え、長嶋の引退が決まった日だ。

 中日とのダブルヘッダー・第1戦を終えた直後にハプニングが起こる。長嶋が涙ながらに球場を一周しだしたのだ。事前に混乱を恐れた球場側は難色を示すも、ミスタージャイアンツのたっての願いで実現したと言う。地鳴りのような歓声と悲鳴が交錯した。

 長嶋とイチロー。“ふたりのオンリーワン”という矛盾した表現をあえて書き進める。

 長嶋は時代の寵児だった。プロ野球がナンバーワンの人気スポーツにのし上がる時期に、東京六大学のスーパースターとして入団。日本の高度成長期に合わせるように陽気で派手で、記録にも記憶にも残る活躍でスポーツ界を牽引してきた。

 一方のイチローはと言えば、バット一本で日本を、そして世界を席巻している。不人気球団と言われたオリックスに入団時はドラフト4位、初年度から輝きを放ったわけではない。そんな鈴木一朗が「世界のイチロー」として安打記録を樹立し、快足と強肩の外野手としてメジャーリーガーの尊敬を集める。こちらもまた日本の野球がメジャーのベースボールと融合する時代の先駆者となった。プレーはもちろん、立ち居振る舞いまでファンを魅了してきたのは、このふたりだけだろう。

 イチローのゲームを見ながら、同時に目についたのはネット裏の広告である。電信電話会社に製薬会社、いずれもイチローが契約を結ぶ企業だ。

 現在、最も企業から求められる男は、理想の上司や指導者と言った各種調査でも断トツの人気を誇る。ユニホームを脱いでもすでにオンリーワンの存在なのだ。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)


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