第9回:ラストダンスは私に・前編
2018年の2月下旬に「2019年3月にMLB公式戦が7年ぶりに日本で開催」の第一報。
どうやら7年前と同じく、マリナーズとアスレティックスが東京ドームで開幕戦を行うという情報が流れ、2018年3月5日には、イチローがマリナーズに電撃的な復帰を果たした。同年の5月上旬に日本での開幕カードが正式に発表され、ほぼ同時期の5月3日に、イチローが「スペシャルアシスタントアドバイザー」に就任。残り試合には出場せず2019年シーズンの復帰を目指すことが伝えられた。その一連の流れから、多くの人の頭の中に「今度の開幕戦がイチローの引退試合になるのではないか――」という思いが芽生えていたはずだ。
2012年の時点でも「メジャーリーガーとして東京でプレーするイチローを観るのは最後かも知れない」と思っていたファンも多かったはず。ボクもそう思って観戦したくちだ。それがまさかの、イチロー IN DA TOKYO DOME バックアゲイン! さらには、菊池雄星がマリナーズに入団し、開幕第2戦で先発=MLBデビューすることも開幕1週間前に決定した。(ちなみに彼はNPBでのデビューも東京ドーム)
対するアスレティックスも、昨シーズンはまさかのシーズン97勝をあげ、ポストシーズンに進出。今年はさらにその上を狙えそうなチーム状態ということで、これは非常に面白そうな2試合になるに違いない。ボクがまず何をしたかというと、1月にチケット最速先行販売を取り扱うローソンチケットの有料会員に入会し、何が何でもチケットを確保する準備を始めた。
あいにく、自分の本業=バンドのスケジュール的に3月21日(木)の開幕第2戦は移動日とぶつかる可能性が高く、3月20日(水)開幕戦のチケット確保に集中することに。アスレティックスのホームゲームということで、一塁側がアスレティックス、三塁側がマリナーズ。ボクは日本で行われるMLB関連試合は必ず外野指定席で観ることにしているのだが、今回はなぜかマリナーズ側=レフトの方が若干値段が高い設定だった。
これはイチローがレフトを守ることを前提にしているのかも知れない。ならリスク回避でライト側のチケットを狙おう。これでイチローが本来の“AREA 51”であるライトを守ったら最高だよな~、という感じで申込むと見事当選。というわけで、ボクが務めるラジオ番組、FMおだわら『NO BASEBALL, NO LIFE』の制作陣4名で参戦することが無事に決定し、チームや選手の情報を自分なりに収集していくことに。
そこへBASEBALL KINGさんから「記者としてMOBYさんの分も申し込んでみましょうか?」という有り難すぎる申し出が。「もちろんです!」とダメ元で申し込んだところ、まさかの取材申請許可がおりた!ということで、開幕戦は客として、第2戦は記者として、2019年MLB開幕シリーズ@東京ドームに参加することになったのです。
様々な思いが去来する東京ドーム
本当は、3月17日(日)・18日(月)に開催されたプレシーズンゲームから参加したかったものの、両日とも本業との兼ね合いで欠席。で、ボクが今回、最初に参加した公式イベントは3月19日(火)に都内某ホテルで開催されたレセプションパーティー。とはいえ、記者の皆さんはエリアが限られ、飲み食いはできずに、選手や関係者が談笑するのを遠目で見るだけ。しかもスタートから鏡割りまでの15分で取材時間は終了。取材はできなかったけれど、目の前を両チームの選手、ジョー・トーレやケン・グリフィーJr.、そして沢山の関係者を引き連れて会場入りするイチローの後ろ姿を拝んだだけでも、やはり今シリーズは公式戦であり、MLBは日本のマーケットを大事にしていることがわかり、そしてイチローが中心なんだ、ということを再確認することができました。
選手に質問するため、英語の文章を作ってきて読む準備をしていたものの、この日は不発に。フェルナンド・ロドニー、エドウィン・エンカーナシオン、フィリックス・フェルナンデス、ドミンゴ・サンタナの4人が全員お洒落に決め込んで並んで記念写真を撮っているのが印象的でしたよね…。
そして3月20日(水)の開幕戦。16時半開門ということで、「指定席だし16時半到着で別にいいか」と東京ドームに到着すると、どのゲートにも長蛇の列が……。それもそのはず、その列の中には良い場所を確保するため、早くから並んでいる立見のお客さんが大勢。ボクは2000年の初開催、2004年、2008年、そして2012年と全ての日本開幕シリーズで少なくとも1試合は観戦しているが、こんなに立見のお客さんが多かったのは過去にはなかったかと。
マリナーズの「51」、マーリンズの「51」、オリックスの「51」、さらにはWBC日本代表の「51」、それぞれのジャージを着込んだファン(ヤンキースの「31」は1~2名ほど)、アスレティックスのジャージを着用するお父さんに連れられ、グローブ片手に列に並ぶ少年、他にもMLBの他球団のジャージやTシャツ、キャップを着用しているファンの姿もたくさん目にしました。
イチローのプレーする姿ももちろんのこと、ここに集まる多くの方々が「MLBに興味を持ってくれると良いよなぁ、その絶好のチャンスだよなぁ」と思いながら列に並ぶこと30分ちょっと。ようやく入場。ライトスタンドのちょうどど真ん中あたりに陣取った我々の前方には、自他共に認める「世界一のイチローファン」ことエイミー・フランツさんと、そのご家族御一行が。彼女目当てにサインや記念写真を求めるお客さんがひっきりなしに訪れていたが、彼女たちも試合に集中したいのは当たり前。それでも、「試合中はサインできません。ごめんなさい。試合後に時間を設けます」と日本語で書かれた紙をご家族の方がその都度掲げ、丁寧に応じていたことに、TPOって大事だよなぁ、そして“のべつ幕無し”って野暮なことだよなぁ、と自戒しましたよね。
それでもエイミーさんは、試合前に幾つかのマスコミから申し込まれた取材に応え、“ICHI-METER”をライトスタンドのお客さんの方に掲げてシャッターチャンスの時間を提供。正に“礼節をわきまえている”エイミーさんの対応に、ボクは心の中で最敬礼。
喜びと寂しさと
打撃練習とセレモニーが終わり、佐々木主浩・城島健司・リッキー・ヘンダーソンによる始球式(ベストの人選!そしてこういう始球式が基本であるべき……)にはちょっと熱くなりました。そして3塁側のカメラマン席には一眼レフを携えたケン・グリフィーJr.の姿が!ホール・オブ・フェイマーは、そこに居るだけでファンサービスになり、そして「心底野球が好きなんだな」と思わず唸ってしまいました。
試合はマルコ・ゴンザレス、マイク・ファイアーズ、ともに両チームのローテーション1枚目(エースと言うには双方ともに役不足かも……)が登板したにもかかわらず、予想外の空中戦! スティーブン・ピスコッティの先制弾を皮切りに、ドミンゴ・サンタナのグランドスラム、昨シーズンの本塁打王クリス・デービスの2ラン、今年は復活に燃える2008年ドラフト全体1位のティム・ベッカムの3ラン&バットフリップ(この日は3打数3安打3打点の大活躍)、アスレティックスのニューヒーロー、マット・チャップマンの3ランなど、計5本の本塁打が飛び交い、お祭り的な雰囲気をさらに盛り上げる展開に。
また、極端な守備シフトに観客席はどよめき、アスレティックスのゴールド・グラブ・コンビ、三塁チャップマンの素晴らしいバント処理と一塁マット・オルソンの二塁走者イチローを釘付けにする中継トリックプレーといった好守備、さらには、3月18日に42歳になったばかりのフェルナンド・ロドニー(日本のルールに当てはめるとボクと同級生)が150キロ超えのフォーシームを連投する姿に、ボクは痺れまくり。
とはいえ、もちろん主役はイチロー。第1打席はセカンドゴロ、第2打席は現役最後の出塁となった四球を選び、4回裏の守備についたところで、イチローはライトスタンドの方を向いて観客席に向かって両手を横に広げ、踵を返し三塁ベンチにへ……。球場全体がしばらくの間、あっけにとられているなか、チームメイトやスコット・サービス監督らとハグしてお役ご免。「ここでもしかしたらもうお別れなのか……」との憶測が、我々一行の中はもちろんのこと、恐らく球場全体に飛び交っていたことだろう……。
試合が終わり、マリナーズが9-7で勝利したあとも、我々一行は東京ドーム近所のパブに場所を替えてて延長戦に突入。「イチローとは今夜でお別れなのか、それとも明日も出場するのか」「明日が本当のお別れになってしまうのか」「シアトルに選手として戻ることは出来るのか」云々、いよいよ迫り来る「その時」を待つ心の準備ができないまま、2019年3月20日は、MLB開幕戦は、終わっていくことに。
東京ドームを訪れた多くのお客さんも、さらには世界中の多くの野球ファンも、恐らくは同じ様な心持ちで、迫り来る翌日の試合を、そして「その時」を、迎えてたのではないだろうか…。
文=オカモト“MOBY”タクヤ(おかもと“もびー”たくや)