コラム

唐突に訪れた“引退”の一報【ボクたちにはMLBが必要なんだ!】

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第10回:ラストダンスは私に・後編


 13時にバンドのリハーサルが終了。ドラムを叩いて汗まみれになったTシャツとジーパンから、シャツにネクタイ、記者としてのドレスコードに相応しい服装に着替え、下北沢から水道橋へ。

 14時には、プレスパスをぶら下げて人生初の東京ドーム関係者入口に到着。プレスルームに荷物を置き、「BASEBALL KING編集部」の方にバックヤードを案内してもらう。壁には至るところにYGのロゴ。プレスルームに戻ると、ボクがMCを務めているラジオ番組でいつもお世話になっている記者の方や、昨年アリゾナ・ダイヤモンドバックスの本拠地チェイス・フィールドで取材をした際にお世話になった記者の方(この方はイチロー引退記者会見で最後に素晴らしい質問をされました)、そして知人を通じて繋がっていたAKI猪瀬さんと初対面。AKIさんは開口一番「MOBY、ずっと待ってたよ!よくここまで来たね!」と声をかけてくれ、もうその時点で「今日の獲れ高は十分だ、これで帰ってもいいんじゃないのか自分」と錯覚しそうになったけれども、いかんいかん、ここからがスタートなんだと自分を叱咤し、頭を切り替えた。

 その後、導線確認も兼ねて一旦フィールドレベルへ。東京ドームの人工芝が思っていた以上にフカフカで、そりゃあ天然芝には叶うわけないけれど、やはりトップレベルの人工芝は凄いなあ、と実感。

 15時からは、アスレティックスの記者会見がスタートし、ボブ・メルビン監督と、前日に今季のMLB第1号ホームランを放ったスティーブン・ピスコッティが登壇。マリナーズ先発の菊池雄星についてメルビン監督は「良い投手なのは間違いない。対戦することで色々と情報を得たい」と話していた。代表質問が終わり、「質問したい方はどうぞ」と促されたので、ボクも日本語で「2008年、2012年と東京ドームの開幕第2戦にて、アスレティックスは連勝しています。その連勝を今日の試合でも伸ばすことは出来そうですか?」と質問。メルビン監督は「2012年は私が監督だったのでよく覚えている。2敗してアメリカに帰るわけにはいかないから、今日もその記録を伸ばしたい」と答えてくれたが、よくよく考えたら「勝ちたいですか?」「もちろん」という至極当然な内容ですよね……。人に質問することって難しいよなぁ、と改めて実感しました。


イチローに次ぐ年長者に直撃


 会見後に再びフィールドレベルへ。アスレティックスの選手たちが登場してアップを開始。ストレッチやダッシュ、軽めのノックを経て打撃練習がスタートすると、早々にダグアウトに戻ってくる選手が……フェルナンド・ロドニーがこっちにやってくる!チャンスを逃す手はあるまい!

「ちょっと時間を頂いてもよろしいですか?」と声をかけたところ、深く頷いてくれた。その頷きひとつだけでも風格すら感じられる佇まい。この日の時点では、MLB現役選手としてはイチローに次ぐ最年長者だ。


 2日前に誕生日を迎えた彼に、先ずは「お誕生日おめでとうございます」と切り出し、「42歳になりMLBで17年目のシーズンが始まったあなたにとって、そのモチベーションはどこにあるんですか?」と尋ねると、「I don’t know.」との返事。「なぜここにいるかというと、野球が好きで、野球が醸し出す情熱が好きで、そこに集まる人々と家族のようにシーズンを過ごすことが出来る時間が好きなんだ」とゆっくり語ってくれた。

 続いて「今回の来日にあたって、従弟のアルフレッド・フィガロ(2011〜12年にオリックスでプレー)から日本について何かアドバイスなどを聞いたりしましたか?」と聞くと、「他の友だちから日本の野球は全体的にコンパクトで、そして毎日プレーしている。機会があればいつか日本でもプレーしたいね」とリップサービス?も。さらに「鍋焼きうどんも美味しかった!」とのプチ情報も(笑)。

 「今日は空ではなくオーロラビジョンに向かって弓を引いてくれますか?」との質問には「今日はTOKYO DOME(の看板)に向かって矢を放ちたいね!」との意気込みも語ってくれ、最後になって「申し遅れました、ボクはMOBYと申します」と自己紹介すると、にこやかに「MOBY!! I’m Fernando Rodney!」と……!貴重な2分間、拙い英語に付き合ってくれて本当にありがとう、ロドニー。


あのWBC優勝メンバーとも!


 アスレティックスの選手たちがケージで代わる代わる打撃練習を続ける姿を見ながら、その横で現在はMLB解説でもお馴染み、あの第1回WBCで3本塁打を放った多村仁志さんにご挨拶させていただく。ボクがMLB雑誌『Slugger』にてコラムを書いていることを伝えると、多村さんは「ああ!あの音楽のページをご担当されている方ですか!」と、まさかのボクのことを知ってくれていた!

 多村さんは「実は父が大リーグ好きで、ボクはプロ野球よりも先に大リーグから野球が好きになったクチなんですよ。だからMLBの公式戦を取材するなんて、本当に有り難いことですよね……」と話してくれ、ボクはすっかりファンになってしまった…(笑) その後も続々とレジェンド級の野球関係者の方々がフィールドレベルにやって来ては食い入るように打撃練習を見つめている。クリス・デービスの特大HRにはそこかしこから溜め息が漏れていました(笑)。

 16時半に入場ゲートが開門され、お客さんが入ってくると同時にマリナーズの選手たち、そしてイチローも登場。17時前には、イチローがドミンゴ・サンタナ、ティム・ベッカム、エドウィン・エンカーナシオンらとともに打撃練習を開始。1回6〜7スイングを4回。そのうち柵越えは3本、ヒット性のあたりは半分を超えていました。


そして最後に1打席追加すると、その一振りで特大のホームランを放ち終了。この打撃練習を全球スコアにつけ、同行しているBASEBALL KINGの記者さんに写メで送る、という記者的な役目もキッチリと(笑)。


唐突な“一報”


 藪恵壹と岩村明憲の元アスレティックスコンビのバッテリーに、ケン・グリフィーJr.が打席に立つ豪華な始球式を経て、18時半にプレイボール。菊池雄星は初回17球、2回19球、3回16球、4回13球、と打者15人を相手にアスレティックス打線を1安打に抑える上々の出来。一方のマリナーズは2回に8番打者リオン・ヒーリーの2ラン、ミッチ・ハニガーのソロで3点をリード。イチローの第1打席は2回裏、広い東京ドームならではの三塁ファウルフライだった。

 で、そのイチローの第1打席が終わり、3回表を迎えたあたりだったろうか。共同通信発のニュースで「イチローがこの試合を最後に引退」との第一報が流れる。ボクのメモでは19:08にその情報を確認し、リツイートしたと書いてある。情報元のツイートは19:03。そのニュースが発信され、球場がちょっとずつ響めいていく様子も目の当たりにした。

 記者席には「試合後、両チームの代表者による記者会見が終了した後、イチロー選手によるPost-Game Press Conferenceを開催する」という案内が配られる。MLB.TVのアーカイブを確認したところ、中継では4回表に入るところでイチロー引退の情報を伝えていた。その4回表二死、これが最後の打席かもしれないと誰しもが思ったのだろう。スタンディングオベーションで迎えられたイチローの第2打席は、鋭い当たりのセカンドゴロ。しかし、イチローは4回裏も守備位置へ向かう。


 そして5回裏、アスレティックス打線が菊池雄星を捕らえる。先頭打者のマット・オルソン、続くジュリクソン・プロファー(オランダ代表として東京ドームでは打率.400)の連続ライト前ヒット、その後は何とか二死まで漕ぎ着けたが、かつて大谷翔平の完全試合を阻止したこともあるマーカス・セミエンからセンター前タイムリーを浴び、残念ながら4回2/3で降板。91球4安打2失点(1自責点)。このあと1アウトが課題となっていくのでしょう…。その後、アスレティックスはもう1点いれて4-2となり後半戦へ。


皆の願い


 7回表、この回の先頭、リオン・ヒーリーの二塁打に続き、イチローが第3打席へ。再びのスタンディングオベーション、向けられる無数のスマホ、そして自然発生するイチローコール。プレス席でも、この打席くらいからスマホをバッターボックスの方へ向けている人の姿が見られました。

 注目の打席は、2ボール2ストライクからホアキム・ソリアの変化球を見逃し三振。ただ、続く打線が出塁しジェイ・ブルースの犠牲ライナーで追加点を挙げ、8回表は6番から。一人出塁すれば、イチローの打席まで回ってくる。そして7回裏もイチローは「AREA 51」へ。ラストダンスは、もう一打席やってくる。

 その7回裏、連敗して地元に帰るのは是非とも避けたいアスレティックスは、ライトスタンド後方の立ち見席に陣取った、オークランドからやってきたブリーチャー(外野の応援団)による必死の応援が叶ったのか、主砲クリス・デービスの自身通算500、そして501打点目となるセンター前への2点適時打で同点。昨年ポストシーズン進出チームの意地をひしひしと感じた。

 8回表一死、前日にホームランを含む3打数3安打2打点と大活躍だったティム・ベッカム(その後も彼は絶好調)の二塁打が飛び出す。東京ドームは大歓声。イチローの第4打席は、ラストダンスは、巡ってきた。


マウンドにはベッカムに二塁打を打たれるまで昨日から4連続奪三振を記録した好投手ルー・トリビーノ。2球目に痛烈な当たりを一塁線へ放つもファール。その後も難しい変化球に何とか喰らいつく。

 ESPNのアナウンサーから発せられる「GANBATTE GANBATTE」「Everybody here hoping for one more(皆がもう一本を願っている)」という言葉。6球目、ショートに転がった打球をセミエンが送球の際に握り直し、多くの人が「内野安打か!?」と思ったが、塁審はアウトのコール。


 チャレンジもなく、記録はショートゴロ。ダグアウトに帰ってきたイチローはいつものように守備の準備をして「AREA 51」へ。場内に流れるBob Dylan「Like a Rolling Stone」。投球練習が終わり、8回裏が始まる瞬間、ベンチからの指示に気付いたイチローがライトスタンドへ向かって両手を挙げて挨拶、選手交代でベンチに退く。


4分間のカーテンコールから


 お母さんに抱っこされた幼い女の子までもが、イチローに向けて一生懸命手を振る。マリナーズ側は選手たちが列になって出迎え、アスレティックス側も次打者マーク・カナはヘルメットを脱いで拍手、イチローもアスレティックス側ダグアウトに敬意を示し、マリナーズの選手たち、スタッフ、全員が出迎える。


 4分間のカーテンコール。なりやまない拍手とイチローコール。それでも試合はまだ8回裏、ゲームは続く。ボクを含む多くの記者の皆さんは、このタイミングでバックヤードの控え室に移動し、試合後の記者会見や限られた時間の中で設けられる選手個人へのインタビュー、そしてイチローの記者会見の準備を開始し始めた。

 そんななか試合は延長戦に突入。アスレティックスは11回裏二死からライト前ヒットを皮切りに満塁のチャンスを作りサヨナラのお膳立て。試合終了から始まる諸作業に向けてソワソワし始めるものの、期待の4番デービスはあっけなく3球三振。「これは終電なくなるかもな」と覚悟を決めた。

 12回表、イチローを送り出した直後に涙をみせたゴードンのセンター前ヒットから一死一・二塁のチャンス。アスレティックスはここで引退を表明し、フィールドを去ったイチローに替わり、現時点でMLB現役最年長選手となったフェルナンド・ロドニーをマウンドへ。いきなりエンカーナシオンに四球を与えてしまい一死満塁のピンチを迎えることに。

 迎えたドミンゴ・サンタナは初球に手を出し、おあつらえ向きのダブルプレーか!と思いきや、ショートのセミエンがセカンドのプロファーにトスした球が高かったのが影響したのか、プロファーは若干バランスを崩しファーストへ送球、その球が高めに逸れダブルプレーが崩れた間にゴードンが生還し、マリナーズが泥臭く勝ち越しに成功。そのまま裏を抑え、マリナーズがイチロー引退試合に白星という名の花を添えた。

 しかし、このあまりにも長い一日が終わりを迎えるのは、もう少し先の話になる。


文=オカモト“MOBY”タクヤ(おかもと“もびー”たくや)
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