白球つれづれ2019~第33回・冷蔵庫殴打事件
「壁ドン」と言えば、目下女子ゴルフ界の人気を独占する渋野日向子。8月上旬に行われたLPGAのメジャー大会、全英女子オープンで最終日最終ホールに5メートル以上のロングパットを決めて優勝した。樋口久子以来、日本人42年ぶりの偉業は「壁ドン」と呼ばれる強気のパットによってもたらされた。
18日のNEC軽井沢トーナメントでも最終日最終ホールにバーディーパットを決めれば優勝と同じ状況になったが、こちらは強気のパットが入らずに3位終戦。こんな、見ていてワクワクする「壁ドン」ならいいが、何ともお粗末な不祥事を起こしたのが、DeNA不動のセットアッパーであるS・パットンだ。
8月3日の巨人戦に中継ぎ登板すると、一死も取れずに2失点KO。マウンドにいる時から審判の判定にいらだちを募らせていたが、ベンチに戻ると怒りが爆発。備え付けの冷蔵庫を3発殴った挙句、右手小指(右第5中手手根関節)脱臼骨折が判明、翌4日には選手登録を抹消されてしまった。
さらに球団は、13日に罰金500万円とリハビリ期間中の球団主催野球振興活動にボランティア参加させる処分を発表。とんだ「壁ドン事件」である。
猛追ムードから一転…
事件を起こしたタイミングも最悪だった。7月15日時点で最大10.5ゲーム差あった首位・巨人を猛追、パットンが抹消された4日にはその巨人戦に3連勝して明日にも首位奪還と絶好の位置にいた。ところが、これがチームにとってケチのつき始め。
7日には打線の要である宮崎敏郎が左手有鈎骨を骨折して戦列を離れ、さらに優良助っ人のJ・ロペスまで首の痛みで先発メンバーから外れるなど大幅な戦力ダウン。19日現在、巨人とは5ゲーム差の2位も、残りの試合数(30試合)を考えると、楽な位置ではない。
来日3年目、不動のセットアッパーの地位を確立したかに見えたパットンだが、今季は開幕直後にも躓いて指揮官のA・ラミレスを悩ませた。
4月の月間成績は0勝3敗で防御率は11点台とチーム低迷の元凶にもなったが、5月以降は復調して登録抹消前までにあげたホールド数は「22」。昨季がリーグ2位の33ホールドだから、これからの働き次第では昨年並みか、それ以上も期待できたが、瞬時の短気が悲劇の結末を招いた格好だ。
衝撃の両腕骨折からMVP
投手にとって商売道具とも言うべき、利き手の不祥事件で思い出されるのは、ダイエー時代の杉内俊哉(現巨人二軍投手コーチ)である。
2004年のロッテ戦で福浦和也に満塁本塁打を喫すると、ベンチを素手で殴打して両手小指付け根を骨折。怒りの代償は全治3カ月の重症となった。この時の球団の罰金は、当初100万円だったが、後日になって600万円に跳ね上がっている。事の重大さと球団の混乱ぶりがうかがえる。
もっとも、この事件には素晴らしい「オチ」がある。翌年、チームに迷惑をかけたと杉内は発奮して圧巻の投球を続け、球団がソフトバンクになったこの年に「最多勝」、「最優秀防御率」に「沢村賞」の投手三冠に輝き、「MVP」まで獲得した。
話はさらに古くなるが、不世出の400勝投手・金田正一は現役とロッテ監督時代に計8度の退場処分を受けている。その中には乱闘も数多くあったが、一度も「黄金の左腕」は使わず、もっぱら足を使っていた。カッときても利き腕だけは守ろうとしたのだ。
現在は米国での整復手術を終えて再来日、ファームで再出発を誓うパットンだが、最短の一軍復帰は9月下旬か10月のクライマックス・シリーズあたりになりそう。二度と短気の「壁ドン」は許されない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)