野球をするための「準備」
『野球論集成』。DeNAのドラフト2位ルーキー・伊藤裕季也は、この本と共に入寮した。
立正大学野球部・坂田精二郎監督は、シダックス時代にノムさんこと、野村克也氏の教えを受けた一人。伊藤も大学時代、いわゆる“ID野球”を叩き込まれた。いわばノムさんの“孫弟子”のようなものだ。
「本を読んで学んだことは大きかった」。新人入団会見の際に掲げた「準備」の二文字も、この教えによるところが大きい。「考えて野球せい」という野村氏の言葉を胸に、事前に冷静な分析をしてから打席に向かう。
ある対戦では、「前回の対戦では連続して同じボールは来なかった」ことを頭に入れ、「相手はゲッツーの欲しい場面。追い込むまで変化球オンリーなら、今回は連続でインコースにストレートを投げてくる」と読み、「もし変化球ならボール球。振らないように」と注意の上、自信を持ってバットを振っていく。
結果、読み通りにインコースへきたストレートをライト前に運んだ。豪快なフルスイングに隠された、緻密な読みが伊藤の武器のひとつだ。
「力感」と表現するもの
頭と身体を連動させるために大切にしているものは「力感」だという。「身体は力んでいなくても、ホームランを打ちたいと考えることで、実際は力む。力を入れなすぎると当然スイングは弱くなる」ため、「力み過ぎず、抜き過ぎず」適度な「力感」を保つことで、安定して強いバットスイングが可能となる。心と身体のバランスを整えることも、重要なポイントだ。
伊藤が一軍に招集されたのは8月8日。伊藤が入団時に「目標」としていた不動の三塁手、宮崎敏郎の骨折により、奇しくも出番が回ってきた。「宮崎さんの穴を埋める気持ちは多少はあります。しかし実際には埋められない。空回りしないように自分の出来ることをやる」と心に決め、9日にはプロ初安打を含む2本のツーベース、翌日には初ホームランの後にもう1本放つなど、衝撃の一軍デビューを果たした。
残念ながら8月30日に一軍選手登録を抹消されてしまったが、チームにとって大切な時期にクリーンアップを経験するなど、14試合出場し、打率.268、ホームラン4本、OPS.945と、立派な成績を残した。
ファンからの激励を糧に
伊藤のTwitterのトップ画面には、3月7日の“怠慢プレー”に対する反省の弁が固定されている。一塁後方の打球を打ち上げた際、ファウルと思い込み走るのを止めた結果、ボールはフェアゾーンに落ちたがファーストでアウトになってしまった。
伊藤はこの時のことを、「凄い失礼なプレーをしてしまった。本当にこれからどうしようと思った」と振り返る。しかしファンは『この経験を生かして頑張れ』『反省してやり直せ』『これからも期待してる』と、「温かい言葉を送って、支えてくれた」。
だからこそ、「下を向いているわけにいかない」。立ち直れたのはファンのおかげだと、感謝の言葉を口にする。初ヒットや初ホームランの際、ファンに向けてTwitterで報告するのも、恩返しの気持ちからだ。
8月30日のツイートでは「23歳になりました!」と誕生日の報告をしたが、「僕の力不足で抹消という形になってしまいすみません」と一言。しかし「また成長してハマスタに戻ります!来年の誕生日は一軍で活躍します!」と前を向いた――。
優勝争いのキーマンとして、再び一軍で躍動する姿を見せることが、大切なファンに向けた最高の恩返しになる。
取材・文・写真=萩原孝弘