白球つれづれ2019~第40回・流れゆく時代
『平成の怪物』と呼ばれた松坂大輔が今月4日、今季限りでの中日退団を明らかにした。前々日の2日には、『令和の怪物』と評判の高い大船渡高の佐々木朗希が記者会見でプロ挑戦を表明している。時代の波を感じさせる秋である。
先月には2度にわたり球団側と来季以降の去就について話し合いを持った松坂だが、結論は現役続行と他球団での再挑戦だった。中日としては来季契約を前提に、来季年俸の大幅ダウンは避けられないが、出来高条項で活躍すれば、それなりの補償を確約。人気面の貢献なども加味して残留を望んだと言われる。
しかし、新監督に与田剛を迎えた今季、チームは大幅に若返り策に舵を切った。その結果、ルーキーの梅津晃大や2年目の山本拓実らが活躍、エース格にまで成長した柳裕也に加え、故障明けの小笠原慎之介ら若手投手陣に光明が見えてきた。
来季には40歳を迎える松坂にとって、よほどの復活がない限り活躍の場が限定的になることは明らかだ。さらに自身の去就に追い打ちをかけるような出来事が起こる。シニアディレクターの森繁和と国際渉外担当・友利結の契約満了に伴う退団だった。
「ホークスをクビになった時、声を掛けてもらいドラゴンズに拾ってもらった。その2人が退団することになったのを聞いて僕もいちゃいけないと思った」
これが4日の記者会見で松坂が語った言葉だ。森と友利は共に松坂の西武時代の先輩、特に森は監督時代の一昨年、松坂の中日入団に尽力した恩人でもある。ここでも松坂は中日での居場所を失ったことになる。
つながりと関係性
今秋、中日では森ら以外にも首脳陣の退団が相次いでいる。二軍監督の小笠原道大や一軍内野守備走塁コーチの奈良原浩らが契約満了でユニホームを脱いだ。一連の動きを元監督でGMも務めた落合博満の人脈を薄める「脱落合人事」と指摘する向きもある。
2004年に中日の監督に就任した落合は、卓越した指導力で8年間に4度のリーグ優勝と1度の日本一をもたらすなど、中日の黄金期を形成。その落合政権の番頭格として投手コーチを務めたのが森だ。小笠原も奈良原も落合の影響下でドラゴンズに招請されている。
現オーナーの白井文吾は落合への信任が厚く昨年の森監督時代までその関係は強固だった。一方で中日の生え抜きOBたちがコーチ人事などで抜擢される機会は激減、この数年は成績の低迷もあって「脱落合」を求める声が日増しに強くなっていたと言われる。つまり「脱落合」が森らの退団を呼び、それが松坂の退団劇にまで飛び火したと言うわけだ。
移籍初年度の昨年は6勝をあげてカムバック賞を受賞した平成の怪物も、今季は2月の沖縄キャンプでファンと接触して右肩を負傷。復活を期した8月にも右肘を痛めて未勝利に終わった。それでも「どういう状況であっても野球を続けたい」と言う松坂の今後は、どの球団が獲得に名乗りを上げるのか? 現時点では古巣の西武復帰が有力視されている。
チーム編成を統括するGMの渡辺久信は「チームがポストシーズンの重要な時期であり、すべてが終わってからになる」と態度を明らかにしていないが、今の松坂に救いの手を差し伸べられるのは西武しかないのが現実だろう。
かつては石毛宏典、秋山幸二、工藤公康らFAで移籍していった選手の古巣復帰に否定的な姿勢をとってきた西武だが、昨年、同様な経緯でメジャーから楽天に移籍していた松井稼頭央を迎え入れて潮目は変わった。今季から二軍監督を務める松井は将来の監督候補と目されている。渡辺GMと今でも太いパイプを持っているのが松坂の育ての親である元監督の東尾修。図式的には松坂の西武復帰が実現すれば引退後のコーチ、監督もあながち夢ではない。
中日退団を松坂本人からメールで知らされた横浜高の後輩である柳は涙したという。今季の成長は先輩からのアドバイスがあったからだ。一軍でバリバリ投げることは絶対条件だが、若手への手本に、人気面でもまだまだ捨てがたい。元祖・怪物の新たな物語が、また始まる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)