コラム

西武・大石達也 ドラフト6球団競合右腕、10年目の宣告【短期連載:去りゆく勇者たち】

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西武・大石達也

短期連載:去りゆく勇者たち


 秋は野球界にとって別れの季節でもある。自ら現役引退を告げる者、球団から戦力外通告を受ける者。新陳代謝が激しく、弱肉強食が常である勝負の世界では避けて通れない非情の時だ。

 彼らはチームに何を残し、あるいは、どんな悔いを残してユニホームを脱いでいくのか? 勇者たちの散り際を追ってみる。


第3回:西武・大石達也


 10月17日(木)、今年もプロ野球・ドラフト会議が開催された。今年は育成も含めると107名の若者がプロの門を叩いたが、それは同時に多くの「元プロ」が生まれることも意味している。

 10年前、西武の大石達也は間違いなくドラフトの主役だった。1位指名したのは6球団。当時の西武監督・渡辺久信(現ゼネラルマネージャー)が、黄金の右手でドラフトNo.1投手を引き当てた。

 加えて、大石が在籍した早稲田大には、斎藤佑樹に福井優也と逸材が揃っていた。結果、斎藤は日本ハムに、福井は広島に1位指名されるが、同一年に同じ大学から3人の投手がドラフト1位で指名を受けたのは、史上初の快挙だった。

 それから長い年月を経て、今年の10月3日。球団事務所に呼ばれた大石は“戦力外通告”を受ける。

 9年間通算の一軍成績は132試合に登板して5勝6敗8セーブ。防御率は3.64。今季に限ってみると、一軍のマウンドに登ったのはわずか2試合のみで未勝利、防御率は15.43というから、ほとんど戦力にならなかったと言える。

 「もう、野球を続けるつもりはないです。結構、前から決めていました」。

 現役引退と言う現実を前にしても、大石の表情に暗さはなかった。
 

肩の故障に苦しんで…


 「(プロに)入る前にイメージしていた自分とかけ離れていた。ケガもあったし思うようなピッチングが出来なかった」。

 この言葉が9年間の苦闘を端的に表している。

 早大時代の最速は155キロ。守護神として活躍した。今に置き換えれば、ソフトバンクの甲斐野央(東洋大/2018年ドラフト1位)と似たタイプか。1年目の宮崎・南郷キャンプでは、取材に来た評論家の評判も上々。藤川球児(現阪神)や、かつて広島で「炎のストッパー」と呼ばれた津田恒美らの名前を上げてその素質を高く評価されたものだ。

 しかし、魔の時はすぐにやって来る。当時の西武首脳陣は大石を先発要員として育てようと青写真を描くが、すぐに右肩が悲鳴を上げる。大学時代から故障は抱えていたが、プロのスタート時点でかつて味わったことのない肩痛に襲われ、それ以降、本来の投球が出来なくなっていった。

 西武での平均球速は141キロ。それでも、フォークボールやチェンジアップを駆使した技巧派に転身を図るが、チームの信頼を勝ち取ることは出来なかった。


「元ドラ1男」は次のステージへ


 かつて野球界の話題をさらった「早大三羽烏」だが、大石だけでなく斎藤も、福井も思うような成績が挙げられず崖っぷちに立たされている。ドラフト1位という看板が光り輝く分、落差は大きい。

 この秋、球団は大石だけでなく7投手に戦力外通告を行った。リーグ優勝を果たしたものの、クライマックスシリーズではソフトバンクに2年連続で惨敗。その元凶がリーグワーストの弱体投手陣にあるのは明らかだ。これ以上の成長が望めない選手は斬り捨て、根本から強化に乗り出す姿勢の表れだろう。

 大石の獲得時の監督であり、戦力外を言い渡すときのGMでもある渡辺は「元ドラ1男」の次のステージに「ファーム育成グループ」スタッフの椅子を用意した。来季以降、三軍制を目指すという中で、今後は縁の下の力持ちの役割が求められる。さらに、今季からMLBのメッツと業務提携を結んだこともあり、将来的にはメジャーで勉強させる腹案もあるようだ。

 スター街道からは早々に脱落した。だが、山あり谷ありの経験は決して無駄にはならない。ドラフトの感激と興奮から10年。大石は次なる人生にもう目を向けている。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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