第2回:19年目のゴールデングラブ
打撃のタイトルは常連でも、守備部門は格別の喜びがあったようだ。
ソフトバンクの内川聖一がゴールデングラブ賞の受賞に子供のように喜んだ。
「夢のよう。うれしいと言う言葉だげでは言い表せないほどうれしい」
37歳、プロ19年目にやっとたどり着いた。一塁手として130試合に出場、1094度の守備機会に無失策。守備率10割の一塁手は、パ・リーグ初の快挙であり、19年目の初受賞は史上最遅(※これまでは中日・森野将彦の18年目)というから珍しい記録となった。
内川と言えば「打の人」。2008年には右打者の史上最高打率.378を記録、セパ両リーグで首位打者を獲得するなど実績は申し分ない。だが、打撃が優れている分、そのバッティングを生かそうと守備では長年「渡り鳥生活」が続いた。
2000年、横浜ベイスターズに入団時は内野手として主に二塁を守る。しかし、送球に難があり一時はイップス説も流れたほど。そこからは05年は主に外野(左翼)で、06年は主に内野(二塁と三塁)、07年から本格的に外野手転向(右翼)をしたと思ったら翌08年は一塁手としてレギュラーに定着、続く09年はまた外野(左翼)、10年は内野(一塁)と外野(右翼)を守るなど、定位置が定まらない。
11年にソフトバンクに移籍してからは外野手として出場する機会が多かったが、ようやく一塁を安住の地としたのは16年のこと。ところが、これだけで守りの内川が評価されたわけではない。特に直近の3年間は故障との戦いもあって打率も出場試合数も下降曲線、そんな苦しみの中で生まれた無失策のゴールデングラブ受賞だから喜びもひとしおだったのだろう。
ソフトバンクの強さの源泉
ソフトバンク勢の同賞受賞は今季も4人。千賀滉大、甲斐拓也、そして内川と松田宣浩のビッグネームが連なる。特に三塁手の松田は7年連続8度目。36歳の松田と37歳の内川が守備でもチームを引っ張っているところにソフトバンクの強さを見る。
この両ベテランは、試合前の練習から手を抜くことがない。内川は定位置の守備練習に就く前に、まず三塁手とともに守り始める。鋭いノックを受けてから一塁に遠投、体のキレを増すためのルーティーンである。松田は走塁練習で本番さながらの激しいスライディングを実践する。
チームの大黒柱の真摯な姿勢を見れば、若手が手を抜けるはずがない。試合中も最も声を張り上げているのがこのふたりだ。それでいて、このチームは内川と松田を下位打線に置くケースが多い。調子が上がらなければ7番や8番に。時にはベンチスタートもある。
通常、これほどの実績と影響力のある選手を主軸から外す場合には、首脳陣にも勇気がいる。一歩間違えて主力選手がふて腐れたり、チームにそっぽを向けば空中分解の恐れもあるからだ。しかし、指揮官・工藤公康はそれを恐れない。むしろ若手を含めた激しいチーム内競争を煽り、競り勝ったものだけが生き残る。だから、チームは常勝軍団となった。
「2020年は彼にとって勝負の年になる」と語るのは球団会長の王貞治。現役生活は終わりに向けて時を刻み続ける。そしてプロ20年目に向けて内川は新たな挑戦を決意した。従来の左足を高く上げてタイミングを取る打撃から、上下動を少なくする「すり足打法」への挑戦だ。チームはさらなる強化として、ヤクルトを自由契約になったW・バレンティンの獲得に乗り出す見込み。内川にとっても強烈な刺激となる。
「自分はもう一度、レギュラーを取らないといけない立場。周りのことより自分がどうするかだけ」
毎年恒例の自主トレは「チーム内川」と呼ばれる。昨年はチームメイトの上林誠知がレギュラーの一角をつかみ、今季は鈴木誠也(広島)が首位打者に侍ジャパン世界一のMVPと大ブレーク。入門希望者は引きも切らないとか。今や球団の垣根を超えて注目される一大勢力のボス。このまま、守備の人で終わるわけがない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)