白球つれづれ2019~第50回・プロとアマの懸け橋
イチローさんが本名の鈴木一朗として出席していた「学生野球資格回復制度」の研修会は15日、3日間に及ぶ日程を終えた。受講した125人には終了証が交付され、来年2月7日の日本学生野球協会による審査を経て、翌8日からアマチュアへの指導が可能になる。
現在も米大リーグ・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターの肩書を持つイチローさん。本来であれば、指導するには球団を退団することが必要だが、学生野球協会とNPBは同氏の「アマ野球とプロの間で何かしらお役に立ちたい」という意向をくんで協議を重ねてきた。
その結果、日米にわたる輝かしい業績や過去にスカウト活動を行っていない点なども考慮して、球団業務にあたらない時期を明確にすることで、マリナーズを退団しなくても指導が出来る「イチロー特例」が生まれた。
今春の現役引退の会見で将来の進路希望を聞かれたイチローさんは「プロの監督をやるイメージは全くないですね」と語る一方で、「子供になるか、中学や高校の指導者には興味がある」と語っている。先月には神戸で智弁和歌山高の教職員チームと草野球で対決するなど、アマ球界への思いは相当あるようだ。
研修会の意義とは
日米で記録と歴史を塗り替えて来たレジェンド。イチローさんの発言なり考え方に触れる時、名人ならではの独特な感性を感じる。
世間一般で期待する日本球界、とりわけ監督と言った指導者としての復帰より、さらにスケールの大きい将来像。もっと言えば、ありきたりでない50代、60代へ向けて「自分探し」の日々を続けているのではないだろうか? その中で、これまで誰も果たしきれなかったプロとアマの懸け橋になるという選択肢が今回の研修会参加だったのだろう。
3日間で受けた講義時間は20時間近くに及ぶ。元中日監督の森繁和や元広島の前田智徳両氏らと混じって熱心にメモをとるイチローさんは、この間、報道陣の取材も断り一受講生に徹した。そんな姿に異論を発したのが、こちらも球界のレジェンドである評論家の張本勲だ。
出演するテレビ番組で「アマチュア協会にはこんなくだらない制度をやめてもらいたい!」とお得意の“喝!”さらに「野球で最高の技術を持った人がアマチュア、子供、技術がまだ足らない指導者に教えるのに何で研修が必要なの?」と続けた。ネットの世界でも早速、話題になっている。
張本のこの手の発言には以前から、話題作りの“炎上商法”という指摘がある。古き野球人としての率直な意見と評する向きもある。だが、今回の発言には個人的に到底同意できない。まずは同研修会が出来た歴史的背景を知るべきである。
プロアマの雪解けへ
初日の最初に受ける研修内容は「学生野球とプロ野球の関係~プロアマの歴史・経緯~」で2時限目は「新人獲得ルール・内容に関する説明」とある。そもそもこの研修会が誕生したのは、プロ野球側の過度な選手引き抜きなどによって学生野球側と出来た断絶の時代があったから、こうした溝を埋めていこうと開かれているもの。
1950年代の野球界はプロによるアマ選手の獲得戦が過熱、和歌山・新宮高校の前岡勤也投手を巡って札束が乱れ飛ぶ「前岡事件」が話題になる。その後も清原和博、桑田真澄のPL学園黄金期には、巨人の敏腕スカウト・伊藤菊雄が息子をPLに進学させたばかりか、自らもPL教に入信して独自のホットラインを築いたと言われている。
ドラフトのない自由競争が続いていたらプロアマ間の不祥事はもっと続いていただろう。
一方でアマチュア球界側も、ここへ来て変革の波が押し寄せている。球児の健康問題や投手の球数制限。指導者による体罰問題も依然としてある。プロとアマが一緒になって懸案事項を解消していかなければ野球人口の減少化にも歯止めはかからない。そんな時代だからこそ「アマ指導者・イチローさん」の誕生は喜ばしい。
ひょっとすると、プロアマ雪解けの救世主になるかも知れない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)