コラム 2019.12.25. 11:00

日本シリーズ第7戦、現役最終戦で劇的アーチの絶好調男【中畑清・最後の1年】

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6回表、今季限りで引退する巨人・中畑が最後のゲームで左中間へ本塁打し、大きなバンザイ=1989(平成元)年10月29日、藤井寺

『男たちの挽歌』第8幕:中畑清


 その若手選手はプロ3年目に引退を考えた。

 当時24歳の中畑清だ。駒沢大学では強打の三塁手として鳴らし、75年ドラフト会議当日のスポーツ新聞一面には「巨人1位は中畑」と騒がれるも、蓋を開けてみたら1位は篠塚利夫(銚子商業)。中畑は3位指名で巨人入りするが、3年間でわずか3安打とほとんど1軍出場機会すらなかった。

 大卒で入ったにもかかわらず、何もできていない。オレじゃ無理だ……引退して福島の実家に帰り牛の乳搾りでもしようとまで思ったという。いつの時代もどんな仕事でも、入社3年目あたりで新入社員は「こんなはずじゃなかった」なんつって壁にぶつかるものだ。

 だが、ある試合で運命が変わる。

 3年目も終わろうとしていた78年秋の日米野球第1戦、シンシナティ・レッズ対巨人戦で中畑はレフトスタンド上段へ逆転ホームランを放った。試合前にロッカーでコンタクトレンズを落とし、急いで母ちゃん(キヨシ妻)に届けてもらった新品のレンズで打撃が開眼する。

 この試合、“ビッグ・レッド・マシーン”と称された大リーグの強豪チーム相手に、巨人でホームランを打ったのは王貞治と中畑のみ。印象的な特大アーチで人生を変えた男のサクセスストーリーはここから始まった。

 実はこのオフ、中畑はクラウンライターライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)へのトレードが決まりかけていたという。のちの『週刊ベースボール』には、当時のクラウン監督・根本陸夫の「あの時、中畑が来てたら、その後の西武も巨人も変わっていたかもしれんな」なんて台詞も残っている。

 “ライオンズの中畑”が実現していたら、大学後輩の石毛宏典と三遊間を組み西武黄金時代を牽引していたかもしれない。


愛され慕われた“ヤッターマン”


 元気ハツラツ背番号24の存在は一躍注目され、翌79年から一軍に定着し、新人王争いの活躍。まだV9戦士も多く残り、野球エリート揃いのスマートなイメージが強いチームにおいて、多摩川で泥にまみれた叩き上げのド根性男は異端だった。その浪花節が似合う明るいキャラクターは、“絶好調男”“ヤッターマン”と呼ばれ、瞬く間に人気選手となる。

 ナガシマに死にたいくらいに憧れ、可愛がられた師弟関係。だがそのミスターが辞任し、王が引退した翌81年には原辰徳の入団や自らの故障もあり一塁手へ。するとキャリアハイの打率.322で藤田・巨人の日本一に貢献。80年代前半、ONと原クロマティの時代の間を繋いだ4番打者は中畑だった。

 4番での通算成績は217試合で打率.273、43本塁打、146打点。通算打率.290の中距離打者のイメージが強いが、王監督1年目の84年には31本塁打を放っている。

 元同僚の定岡正二の著書『OH!ジャイアンツ』(CBSソニー出版)によると、中畑はスイカやかき氷の早食いには定評があったという。だからなんなんだ……じゃなくて、焼き肉は半焼きでもおかまいなしで平らげる豪快さ。グラウンド整備の草むしりや餅つきイベントでも手抜きやサボリを知らないヤッターマン。

 ある日、定岡が中畑からサイン会に誘われ一緒に行くと鈍行列車を乗り継いで、山奥の過疎の村に着いた。田舎の結婚式場が会場らしい。なぜこんなところに? 都内のデパートでもいいところはいくらでもあるじゃないか。定岡が思わず理由を聞くと、中畑は言った。

「うん、サダ。ここはな、オレがまだ一軍で活躍していないころ、最初に呼んでくれたところなんだ。だから、ここだけは大切にしたいんだ」

 グラウンドでは自分は元気だけが取り得とオーバーアクションで盛り上げ、下積みの時代が長かったため義理堅く、裏方にも気を配る繊細さを併せ持つ。その物怖じせず上にも下にもモノを言える人間性を買われ選手会労組の初代会長にも就任。当時は中畑が先頭に立って、年金のアップや十年選手制度(のちのFAに近いルール)の再導入などを目指し、労組結成の理由を発信し続けた。

 同時期に中畑のトレード報道が相次ぐが、高い発言力とファン人気を誇る新会長を恐れた機構側の組合潰しの一環ではとさえ噂されたほどだ。ときに同い年の落合博満副委員長と二人で取材を受けることもあった。


昭和から平成、流れゆく時代の中で


 87年には打率.321で確執も噂された王監督の悲願のV1に貢献したが、34歳で迎えた88年あたりから徐々に引退報道が出るようになる。

 6月には『中畑サン引退しないで』なんて番記者の本が出版されたり、シーズン終了直後のOB堀内恒夫との対談では「来季、やるのか、やらないのか」と聞かれ、「いいとこ、ついてる(笑)。まだ、分からない」とはぐらかしていたが、実際の成績は124試合で打率.295(リーグ7位)に10本塁打、一塁手部門で7年連続ゴールデングラブを受賞とまだ数年はレギュラーを張れそうな数字を残している。

 しかし、世界の王はこの年限りで退任。前年の江川卓に続いて、西本聖もトレードで中日へ移籍するなど、80年代の巨人を支えた男たちが続々とチームを去り、帰ってきた藤田元司新監督は組織の若返りを図ろうとしていた。そして、昭和が終わり、平成が始まり、中畑は「最後の1年」を迎えるわけだ。

 プロ14年目の89年は原辰徳の左翼コンバートに伴い9年ぶりに三塁に復帰するも、4月13日の阪神戦でベース帰塁の際に指を突いてしまい、右手薬指脱臼で離脱。やがて、三塁・岡崎郁と一塁・駒田徳広で組む「恐怖の6、7番コンビ」が定着しチームも首位を走る。

 背番号24は5月26日の中日戦で復帰するも、6月4日には右肘も痛めてしまう。度重なる故障に打撃不振。すると、秋に新宿でオーナーを務める焼き肉屋「童里夢」をオープン予定ということもあり、こぞってマスコミは「今季限りの引退」を報じた。

 『週刊現代』89年6月10日号では、『将棋界の凄いヤツ!羽生善治“恐るべき10代パワー”天才はここが違う』という記事の前ページに『中畑清「引退後は実業家兼タレント!?」』の見出しで、「引退後は講演料にCMの出演料でざっと見積もって現在の年俸(推定5200万円)の4〜5倍になるのは確実だ」と書かれている。

 今となっては現実感がないが、当時は未曾有の好景気に加え、“元・巨人”という肩書きがあれば引退後の方が稼げるといわれた時代だった。7月末にはプロ野球労組会長の座も原に継承している。


これぞ“絶好調男”


 出場は代打中心となり打率は2割台前半、本人はハッキリと明言しなかったが、終わりの時は近付いていた。しかし、35歳の中畑は試合前練習で誰よりも声を張り上げノックを受け、ムードメーカーに徹する。

 藤田監督には「僕はもういいですから、若手を使ってください。その方がチームのためになります」と自ら進言。出番を失ったベテランは首脳陣批判を繰り返す不満分子になりやすいが、文句ひとつ言わずベンチからチームを鼓舞する中畑の姿があった。

 そんな背番号24に藤田マジックも応える。リーグ優勝を決めた10月6日の横浜スタジアムでは8回に代打で登場すると、右翼線へヒットを放ち激走。二塁にはヘッドスライディングで滑り込み、ハマスタは大キヨシコールに包まれた。これ以上ない形でペナント最終打席を飾り、チームもリーグ優勝を決めると、さらにドラマは日本シリーズでクライマックスを迎える。

 3勝3敗で迎えた第7戦、6回表に再び代打で登場。同期入団の篠塚が中畑の起用を監督に直訴した現役最終戦で、背番号24は吉井理人から「花の万博」の巨大広告が掲げられた左中間スタンドへダメ押しのホームランをかっ飛ばす。

 笑顔で両手を突き上げてベースを一周すると、ベンチ前で同僚たちから手荒い祝福を受け、クロマティと抱き合い男泣き。これがハッピーエンドの最終打席というイメージは強いが、実は8回表に現役最後の打席に立ち、三塁内野フライに倒れているのもまたキヨシらしい。巨人も3連敗のあとの4連勝で8年ぶりの日本一に輝いた。

「引退後の中畑はタレント業をやるんだろうなんて一部でいわれたりもしたけど、それはないぜ。オレは野球だけでメシを食ってきた人間よ」

 シリーズ終了後の独占インタビュー『週刊現代』89年11月18日号のその言葉通り、引退後は野球評論家となり、93年には長嶋監督のもとで巨人の打撃コーチとして現場復帰。アテネ五輪では日本代表チームでミスターの代役監督を務め、一時は政治の道を志したこともあったが、12年から4シーズンに渡りDeNAの監督として指揮を執った。先日も巨人OB会の新会長就任がニュースになり、絶好調男は令和でも野球人であり続けている。

 さて、この中畑と80年代のプロ野球を盛り上げ、同時代にライバルチームの阪神で甲子園を熱狂させていた三塁手が、掛布雅之である。

(次回、掛布編に続く)



文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

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