白球つれづれ2020~第1回・松井裕樹の次なる野望
年明けの連載第1弾。今年の球界で最も気になる選手を考えていたら、楽天の松井裕樹投手にたどり着いた。
昨年は38セーブをマークして自身初となる最多セーブのタイトルを獲得。オフには大幅昇給の年俸2億5000万円(※金額は推定)で新たに4年契約を結びながら、先発への再転向を明らかにした。
チームにとっても“守護神”の配置転換は大きな冒険だ。先発陣に厚みが加わることは間違いないが、一方で球界を代表するストッパーの喪失は戦力バランスを崩しかねない。それでも、松井の心を揺り動かしたものとは何だったのか…?
圧倒的な奪三振能力
思えば、もともとが先発志向。入団1年目の2014年は4勝8敗。高卒ルーキーとしては悪くない数字だ。特筆すべきは116回の投球回数に対して奪三振は126個、奪三振王の片鱗をうかがわせている。
ところが、2年目を前に新しく監督に就任した大久保博元の要請で抑え転向が決まった。この年も3勝2敗33セーブに12ホールドだから、大久保の思惑は見事にはまった。
150キロ超のストレートに鋭いスライダーとチェンジアップ、近年はフォークもマスターして投球の幅を広げている。もっとも、ストッパーとして気になる部分もある。初タイトルを手中にした昨季でも2勝8敗、その前年も5勝8敗と負け数が多い。つまり大事な場面でチームの勝利を台なしにするケースも多いのだ。
松井が崩れる場合は、多くが自滅のパターンである。力で三振を取りに行く分だけ、コントロールを乱すと四球を許す。さらにカウントを苦しくして甘くなったストレートを痛打の悪循環。精密なコントロールというより、球威で押していくドクターKの宿命とも言える。
長いプロ野球人生を見据えて…
勝ちパターンの試合には連投もいとわずブルペンに向かう。出番は胃の痛くなるような場面で、打たれれば他人の白星を奪う形になる。それだけ過酷な職場だから、元中日の岩瀬仁紀投手のような例外を除いてストッパーの活躍は長続きしない。
松井自身も先発への思いが強いうえに「体の負担のこともある。今のスタイルで投げ続けていくことは想像できなかった」と言う。これまでも先発への転向を球団上層部と話し合ってきたが、三木肇新監督の誕生を機に直訴が実った形だ。
チーム事情を考えても、貴重な先発要員の美馬学がFAでロッテに移籍した穴を埋める必要がある。松井の抜ける抑えには成長著しい森原康平の抜擢が考えられる。
元々、投手力には定評のあったチームだが、昨年は則本昂大と岸孝之の両エースを合わせても8勝止まり。この2人が本来の力量を発揮してくれれば、美馬の穴(8勝5敗)は十分埋まる。そこに「目標は15勝と奪三振王」を掲げる松井が先発に加わると、打倒ソフトバンク、西武も決して夢ではない。
“横浜”での五輪出場へ
松井には、さらに大きな野望もある。今夏に迫る東京五輪の日本代表入りだ。昨年秋の「プレミア12」には、招集されながら左ひじの違和感で辞退した経緯がある。
出場選手枠がさらに絞られる五輪だが、だからこそ先発も出来て中継ぎ・抑えも可能な左腕のユーティリティー投手となれば、稲葉篤紀監督も喉から手が出るほど欲しい人材だ。開幕直後から結果を残せば、十分にメンバー入りの可能性はある。
過去にも、ストッパーから先発に転向して成功した例はいくつかある。松井に近い左腕なら、1980年代から90年代に広島のエースとして活躍した大野豊氏。抑えとして最優秀救援投手に輝き、先発でも最優秀防御率を獲得した名投手だ。
近年では、ブルージェイズ入団の決まった山口俊投手も、DeNA時代には2年連続30セーブを記録。その後、先発に転向すると、巨人に移って3年目の昨季は最多勝に最高勝率、最多奪三振で“投手三冠”を達成した。
あくまで奪三振の夢を追う松井の場合、先発なら7回を2~3失点でも許される。しかも、五輪野球の舞台は生まれ育った横浜だ。楽天も、侍ジャパンも変えられる男。間違いなく今年の球界の主役である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)