コラム

「9割の辛、1割の幸」困難を乗り越えたDeNA・古村徹に射し込む光

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来季に向けて笑顔を見せるDeNA・古村徹投手 【写真=萩原孝弘】

夢のセカンドステージ


 一度は止まった時計の針が、横浜の地で再び動き始めた2019年シーズン。夢のNPB復帰を果たした古村徹は、希望と自信に満ち溢れていた。 

 2011年のドラフトで神奈川県立茅ヶ崎西浜高からベイスターズに入団した左腕だったが、その後の野球人生は、高校時代に痛めた左肩の故障が暗い影を落とし続けた。公式戦の登板機会がないまま2012年オフに育成契約となり、2014年には自由契約。野球人生の歯車は狂ったまま年月は経っていった。

 その流れが好転したのが2015年、DeNAのバッティングピッチャーとしてリラックスした状態でピッチングをしていると、不思議と痛みが消えた。翌年には独立リーグでプレイヤーとして復帰を果たし、150キロの直球を投げるサウスポーとして評価は上がり、2018年に入団テストを経て古巣ベイスターズに異例の“出戻り”を果たす。

 新たな野球人生の幕開けだった。


はじめて痛めたヒジ


 しかし、またもや予期せぬ出来事が「波乱万丈男」に降りかかる。「実は去年(2019年)、年が明けて急にヒジに違和感を感じました」。

 2018年11月に行われたメディカルチェックでは「ネズミはあるけど問題はない」との診断だったため、気にもかけていなかった。しかも、自身にとってヒジのケガは初めての経験で「処置法、対処法も分からなかった」という。

 寒かったこともあり、「肩は投げていれば良くなることもあるので、大丈夫だと思っていた」ことに加え、「キャンプからやってくれよ!と、周囲の期待感もすごくて、痛いとか言える雰囲気ではなかった」と振り返る。

 結局、そのまま春季キャンプは一軍に帯同し、初の対外試合では最速147キロをマーク。練習試合ながらセーブも記録した。その後、二軍に回ったが、ファームの開幕戦で登板するなど、周囲の期待度が高まる一方で、ヒジの状態は上がってこなかった。

 ヒジが悲鳴をあげたのは、開幕前の3月22日。オープナーとして2イニングを投げたあと、「ヒジの裏がパンパンになっていた」という。その結果、「次の日は中継ぎで入る予定でしたが、ヒジに水が溜まりプニプニしている状態。もうキャッチボールもできず、トレーナーさんに痛いですと伝えました」と、戦線から離脱せざるを得ない状況に陥った。

 その後、レントゲンを撮っても「11月と変わらない状態だったので、保存療法を続けていこう」という判断になったが、4月の中旬に再び「パンパンに腫れてきてしまったので、手術を覚悟した」と、メスを入れることを決断。2つぐらいと言われていたネズミは7匹もいて、「軟骨もなくなっていたので“ドリリング”という、骨に8個穴を開けて骨髄に刺激を与え、軟骨を作る処置もした」と、予定外の手術も敢行し、復帰を目指した。


さらなる試練と同僚からの金言


 手術から約3カ月が経過した7月中旬にブルペン入りを果たし、順調に調整を重ねると、8月25日に行われたイースタン・リーグのファイターズ戦で実践に復帰。同31日に行われた立正大学とのゲームにも登板したが、「腕が振れるなと思って振っていたら、急に腕がちぎれるかと思うほどの痛み」が左上腕を襲う。上腕二頭筋の神経障害だった。

「力こぶが出なくなるんです。神経が圧迫されて伝達されないので、力も入らない」

 相次ぐトラブルに「海底2万マイルまで落とされたような気分でしたね。ネズミが底辺であとは上がっていくだけだと思っていたので。“お前もっと苦しめ”と、人生の神様が追い討ちかけてくるなと思いました」と肩を落とした。そして、動き出した時計の針が、再び止まってしまうのではないかとの思いが脳裏をかすめる。

 原因はフォームに因るところが大きかった。「背負い投げのような状態で投げていたのが良くなかった」と、フォームを根本的に見直す必要性を実感。大家友和コーチからは「早くトップを作れる状態にする」ことを、川村丈夫コーチからは「体幹を使って投げる」ことを提案された。

 その後は試行錯誤の日々が続いたが、藤岡好明から「リリースの瞬間だけを間違えないことを求めていけばいい」との助言を受けたことがターニングポイントになる。

 「これだ!と思いましたね。テイクバックからトップ、足の着き方などチェックポイントが増えてゴチャゴチャになっていたが、これでスッキリした。結果的にコーチに言われたことも、フォームに繋げることが出来ました」と、暗闇から脱出するキッカケを手に入れた。


充実のオフを経て念願の一軍へ


 つき物が落ちたように明るい表情を見せる古村は、「ケガをしたことは良かった。発見も多かったですから。結果としてですけどね」と過去を振り返り、「今までは感覚で投げていたが、今は理論的に頭で理解して意図したボールが投げられている。痛みもなく取り組めています」と目を輝かせる。

 1月には厚木で、三嶋一輝、山崎康晃、石田健大と共に自主トレを行った。

 一軍での実績を持つ面々との日々は「目で見て学べることも多かったですし、色々質問したりも出来ました。全員が僕の欲しいノウハウを持っていて、結果が出ている方々の意見は重かった。刺さりました」、「高校、前回のNPB、独立と振り返っても、今年のオフは1番いい感覚で取り組めている」と、充実したものになったようだ。

 昨年は「勝利の方程式に入り、カムバック賞を狙う」という目標を設定したが、今年は「大口を叩きたいですけど、一軍でハマスタのマウンドに立つこと」に留めた。その上で「プロで何が通用するのか、何を得なければならないのか。いち早く見つけたい」と、その先を見据える。

「“9割の辛、1割の幸せ”。好きな言葉なんですよ。今まで、えげつない道を蛇行してますからね。だからこそ小さい喜びが、僕には大きな喜びなんです」。そう言って古村はグラウンドを見つめた。

 「苦しみの先に光が見えてきますよ」。再び止まりかけた時計の針は、今年こそ順調に時を刻むはずだ。


取材・文・写真=萩原孝弘(はぎわら・たかひろ)
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