第3回:チームに浸透する阿部イズム
さすがと言うべきか? やはりと言うべきか?
今季から巨人の二軍監督に就任した阿部慎之助の存在感が際立っている。キャンプ前半に限れば、ジャイアンツ報道の中でも「阿部関連」は主力の坂本勇人選手や菅野智之選手を凌ぐほどの多さで報じられている。19年に及ぶ現役生活に別れを告げて管理職の道を選んだ新指揮官には、未来の最強軍団を作るという使命が課せられている。
ともかく精力的だ。ある日のキャンプの1日を追ってみる。ウォームアップから始まりブルペンに移動、再び本球場に戻るとフリー打撃の投手として投げ込む。お次は選手を指名してノックの雨あられ、さらに個人練習では鬼指導と動き回り、実働は7時間に及ぶ。40歳の青年監督だからできる。
阿部の二軍改革は至る所で見られる。投手陣には今年から球種、コースだけでなくストライクかボールかを予告して投げさせている。クィックやセットポジションからの投球も細やかに要求。何も考えずに気持ちよく投げられる状況など実戦に入れば皆無に等しい。常に実践を想定して準備しろ、ということだ。
打者に目を転じるとティー打撃に阿部らしさが色濃く反映されている。スタンスを広く構えさせたうえで休む間もなく速射砲のようなトスを素早く打ち返す。さらにバットを振り切った状態で重心を5センチ低く構えるとほとんどの選手が悶絶の表情を浮かべた。これも強く鋭いスイングを体に覚えさせるためのもの。
「練習量は2~3倍増えたかな?」と村田修一二軍野手総合コーチが言えば、杉内俊哉同投手コーチは「打者はこういう時にはこう考えるといった打者目線で話してくれるので自分自身も勉強になる」と、“阿部イズム”は早くもチーム内に浸透している。
二軍監督という立ち位置
先日亡くなった野村克也氏を筆頭に捕手出身は名指導者になる確率が高いと言われる。元西武の森祇晶氏や阪急黄金期を率いた上田利治氏らもそうだ。相手打者を打ち取るためにはどうするか? 自軍投手の出来は? 守りのシフトはどれが最善か? 常日頃から幅広い視野を求められるから、指揮を執っても生かされる。阿部の場合は、まだ彼らほどの経験と重厚さはないが、その分、現役を退いたばかりの兄貴分として若さが武器になる。
昨年の秋季練習から指導にあたり、今キャンプの紅白戦や対外試合でも目を見張る成長ぶりを見せているのが育成枠のI.モタ選手。今や新指揮官の「秘蔵っ子」と言っていい存在だが、阿部がよく口にするのが「マネー、マネー!」の言葉だ。一生懸命練習をすれば支配下選手となり、さらに一軍で活躍すればお金が稼げるよ、と叱咤激励する。
一方で暫定ながら一軍への昇格が決まったモタには、すかさず監督室に呼んで「調子に乗るなよ」と釘を刺すのも忘れない。硬軟織り混ぜた人心掌握術に指揮官としての資質も感じる。
二軍という組織は微妙な立ち位置にある。あくまで優秀な選手を育てて一軍の戦力とすることが最大の使命。その一方で、一軍から降格を命じられた選手には心のケアも必要となる。近頃は三軍や育成選手との争いも激しい。こうした状況の中で二軍としての結果も無視できない。しかし、難しい立場を経験すればその分、視野も広がり将来の一軍監督への財産となることは間違いない。
今季の二軍チームスローガンは「考動~苦しい方を選べ 迷ったらやれ~」だ。時には鬼軍曹として、時にはよき先輩としてチームに新風を吹き込む。明るさの中に厳しさ。プロフェッショナルとして今何をすべきか?を阿部は説く。
イースタンリーグの開幕は3月14日の西武戦。敵将はあの松井稼頭央である。ジャイアンツ球場には一軍に負けない注目が集まるだろう。あと1カ月足らずでチームはさらにどんな真価を遂げているのか、新背番号80のデビューが待ち遠しい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)