対策に苦慮する高校野球
さる高名な経営者がテレビのインタビューに応えて語っていた言葉が耳に残った。
「経営者は、こういう事態に陥った時“先が見えない”と言ってはいけない」
「組織とは10年もたてば知らず知らずのうちに膿や垢がたまっていくもの、厄災はないにこしたことはないがピンチはチャンス。こうした時期に新たな変革を目指すべき」
新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、政府が非常事態宣言を発したのは4月7日のこと。全国に行動自粛が呼びかけられたが、感染拡大の恐れは終息を見せず5月に入ると期間の延長が決まった。一般企業や商店のみならず、スポーツ・文化の世界でもその余波はさらに大きくなっている。
野球界に目を向けたとき、今、最も対策に苦慮しているのはアマチュア球界、とりわけ高校野球だろう。
3月のセンバツ大会に次いで、春の各都道府県大会も中止。次の目標は夏の全国高校野球選手権大会(8月10日から甲子園球場)に向けて再出発をするはずだった。しかし、現状は学校の休校が続いているため練習すら思うようにできない。
多くの学校では非常事態宣言が解除される予定だった5月のゴールデンウィーク明けから全体練習を予定していたが、それも断念する事態に陥っている。本来なら新1年生としてグラウンドを走り回る新入部員の登録すらできていない異常事態だ。
「なぜ高校野球だけ?」の声
先月、愛媛高野連は弓削商船高専の今夏県大会の辞退を発表した。地方大会辞退は全国初のこと。夏の甲子園を目指した各地方大会は6月下旬から7月にかけて予定されているが、その開催の可否も現時点では決まっていない。日本高野連では5月下旬にも運営委員会を開いて詳細を決定する運びだったが、5月中の非常事態宣言となれば、会議そのものの開催すら見通せない。
現在、一部では無観客での地方大会開催も検討されているようだが、まだまだハードルは高い。同じ高校生の全国大会であるインターハイはすでに中止が決定。スポーツではないが、今夏に予定されていた有名な夏祭りや花火大会も取りやめが決まっている。「なぜ、高校野球だけ?」という批判、疑問に果たして説明がつくのだろうか。
一方で球児を指導する現場からも苦悩の声が聞こえてくる。仮に6月から全体練習が再開出来ても、強豪校でさえ調整期間は1カ月から1カ月半は必要だという。大半の公立校が炎天下で戦い抜くには、それ以上の準備が必要だろう。このままでは夏の甲子園も危うし、の声が出てもおかしくはない。
加えて、高校野球の根幹を揺るがす大問題も起こっている。今回のコロナ禍に伴って教育現場から上がっている「9月新学期」の声である。
新年度が9月となれば…
新たな年度が始まっても授業は開かれず学力の低下が指摘されている。オンライン授業の進む一部私学との格差や、各地方によって学校再開の時期が違ってくれば、ここでも弊害は生まれて来る。そんな非常事態の中で現実味を帯びてきたのが9月入学の学制改革だ。世界の多くの国が採用していることを考え合わせれば、うなずける部分もある。しかし、こと高校野球だけを考えると天と地がひっくり返るほどの大改革である。
3月春休みに行われるセンバツ大会と8月の夏休みに行われる甲子園大会は野球ファンのみならず日本の風物詩として定着してきた。プロの側から見れば春に金の卵の素材を確認して、夏にその成長度をみてドラフトに生かす。だが、もし新年度が9月からとなれば、どうなるか?
従来なら3年生は夏の大会で部活動を終えて、3月のセンバツは2年生以下で臨んできた。しかし、9月入学ならこれまで通りにはいかない。8月に卒業する生徒が8月の大会や直前の地方大会に出場は現実的でないから、この仕組み自体を変えていく必要がある。
具体的には10~11月あたりで秋季大会、4~5月あたりに春季大会がイメージされる。しかし、学生にとって休み期間の応援なら可能でも通常期では甲子園大移動が出来るのか?もちろん、プロのドラフトの時期も変更が迫られる。
新学期変更の問題はまだ議論に上ったばかり。それでも文部科学省では現場との多くの課題を検討しながら来年の実施も視野に入れるという。
いよいよ、直前に迫る夏の高校野球に9月新学期問題。ピンチをチャンスに変えて高校野球が新しく生まれ変われるのか? 間違いなく大変革の時はやって来る。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)