白球つれづれ2020~第20回・森下暢仁
広島の調整ピッチが上がっているようだ。新型コロナウイルスへの非常事態宣言が一部解除されたことを受けて、プロ野球各球団は6月19日を最短と定めて開幕への準備を本格化しだした。しかし、東京都、神奈川県、大阪府、北海道らの特別警戒地域にあるチームと、それ以外の39県とでは温度差もある。
いち早く収束への道を歩み出した広島では、これまでも球場を使用して「時差出勤」などの対応を取ってきたが、今後はさらに本番モードに移行。21日からは全体練習に入り、29日から紅白戦も予定しているという。おそらく、12球団トップのハイペース調整だ。
そうなれば、一刻も早く見たいのが「即戦力ルーキーNo.1」の呼び声高い森下暢仁投手のピッチングだ。今春のキャンプ、オープン戦を通じて、その投球を目の当たりにした評論家の大半が「新人王の最右翼」と最大級の評価をしている。
ネット裏で偵察するライバル球団のスコアラーたちも「文句なしの即戦力、先発ローテーションに入って来る」と舌を巻いた。事実、3月20日に開幕していれば佐々岡真司監督はエースの大瀬良大地投手に次いで第2戦の先発を示唆していたほど。すでにチーム内の位置は“準エース格”と言ってもよさそうだ。
2階からストン! ドロップ再び!?
高卒の佐々木朗希(ロッテ)や奥川恭伸(ヤクルト)両投手ら「未完の大器」に対して、明大の大黒柱として活躍してきた森下は、あらゆる技能の完成度が高い。昨年のドラフトで、よく広島が単独指名出来たと思うほどの逸材だ。
最速155キロのストレートに140キロ台のカットボール、130キロ台のチェンジアップに110キロ台のカーブを投げ分ける。コントロールで自滅する心配はなく、おまけにストレートと変化球を投げ分ける時に、同じ軌道で投げてくるため打者にとっては打ちづらいという。
その中でも、最大の武器として注目されているのが、独特な軌道を描くカーブだ。1メートル80センチの身長を生かして真上から投げ下ろす伝家の宝刀を、佐々岡監督は「スピン量、キレ共に素晴らしい」と絶賛。マウンドの高さも入れると、まさに2階からストンと落ちて来る。今では死語になった「ドロップ」を彷彿させる。
現在の球界でカーブの使い手と言えば、楽天の岸孝之投手か? 一時代前なら桑田真澄氏(元巨人)や100キロに満たないスローカーブを武器にエースにまでのし上がった星野伸之氏(元オリックスなど)も記憶に残る。
「ドロップ」と呼ばれた時代の申し子は、V9時代の巨人のエースである堀内恒夫氏だ。甲府商から巨人に入団した1966年に開幕から13連勝を含む16勝をマークして新人王から最優秀防御率、沢村賞などのタイトルを総なめにした。
当時の持ち球は荒れ気味のストレートと、まさに垂直に曲がり落ちるドロップだけ。今でこそスライダーやフォーク、スプリット、シンカー、チェンジアップなど、変化球が花盛りだが、かつてドロップだけで打者を翻弄した時代もあった。
各所からの高い評価
他のルーキーたちを尻目に、春先だけとはいえ対外試合で結果を出しているのも森下の即戦力度を裏付ける。
対外試合デビューとなった2月22日、対ヤクルト戦こそ3回2失点と課題を残したが、続く中日戦では3回無失点。そして圧巻だったのは3月8日、本拠地に西武を迎えた一戦だ。立ち上がりから強力西武打線を封じ込めると、次々に三振の山を築き5回を3安打無失点、奪三振は8個を数えた。
女房役の會澤翼捕手も「立ち上がりから自分の持ち球をしっかり投げられていた。かわすのではなく打者に向かっていくカーブもいい。大したものです」と満点の手ごたえを感じ取っている。
広島と言えば、直近の10年間でも、野村祐輔投手(12年)、大瀬良大地投手(14年)が新人王に輝くなど、投手を育てるのが上手なチーム。加えて今季から投手出身の佐々岡監督が誕生するなど、森下を取り巻く環境は悪くない。それだけに早いデビューを期待するファンも多い。
とは言え、今後、最短で6月中に開幕を迎えても試合数の大幅削減は避けられず100試合程度の開催にとどまる公算は大きい。さらに過密日程を強いられれば先発投手の登板数にも影響は出てくるだろう。例年なら2ケタ勝利が投手の新人王獲りの目安とされるが、今年の場合は6勝や7勝程度ならどんな評価になるののか?
多くのスポーツが中止に追い込まれる中で、台湾、韓国、ドイツなどでは野球やサッカーが開催に舵を切った。無観客や戒厳令下の制約はあってもスポーツを見たい。噂の大物・森下の噂の変化球も真っ先に見てみたいものだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)