白球つれづれ2020~第22回・バレンティン
ヤクルトから移籍したW・バレンティン選手の打棒が絶好調だ。
5月31日に行われた紅白戦ではドラフト3位ルーキー・津森宥紀投手から左翼スタンド中段に一発。これで紅白戦5試合で2発。直前の23日に行われたシート打撃でも豪快な本塁打を放ち、チームメイトの度肝を抜いた。さすがはシーズン60ホーマーの日本記録を持つ最強助っ人である。
開幕まで3週間を切った。チームにとっては本来、緊急事態が発生している。キューバに帰国中のA・デスパイネとY・グラシアル両選手の来日のメドが立っていないのだ。キューバ国内の新型コロナウイルスの感染は爆発的でもないが北の米国、南のブラジルが大量の感染者と死者を出している。主要な交通網も遮断されれば再来日もおぼつかない。
仮に直近の来日が実現しても2週間の隔離処置や実戦感覚、チームプレーの確認などを考えると6・19開幕のベンチに入っていることは難しい。昨年はデスパイネが36本塁打、88打点に、グラシアルが28本塁打、68打点。クリーンアップを構成する大砲2門が不在なら指揮官としては悲鳴を上げたくなるところだが、工藤公康監督に慌てるそぶりは全くない。
ピンチはチャンス。さすがは戦力層の厚い日本一軍団である。実戦段階に入るとまず、首脳陣の目に止まったのが6年目の栗原陵矢選手だ。28日の紅白戦で豪快な一発を放つなど打撃センスに定評がある。本来は捕手登録だが外野での出場チャンスを覗う。
さらに昨年のドラフト5位指名・柳町達選手らも一軍生き残りへ猛烈アピール。若手の台頭はチームに勢いをつける。加えて、昨年は左膝裏の肉離れで長期離脱を余儀なくされた柳田悠岐選手が復調気配、そこへバレンティンの加入である。デスパイネ、グラシアルは8月以降の勝負所での復帰でもどうにかなるのがこのチームらしい。
これぞ“超優良”助っ人!
今や、工藤監督の精神安定剤?ともなっているバレンティン。昨年オフに年俸5億円の2年契約を結ぶ際には、一部から疑問視する声が上がったのも事実だ。
30代中盤を迎えても昨季まで4年連続30ホーマー以上を記録する長距離砲。一方でヤクルト時代から左翼での緩慢な守備と精神面でのムラッ気が短所として指摘されてきた。昨年8月に国内FA権を取得、外国人登録から外れて日本人選手扱いになるため、早くから争奪戦も予想された。しかし、手を上げたのはソフトバンクだけ。
「他球団が獲得に乗り気でなかったのは守備面のマイナスを懸念したのと高額なサラリーでしょう」とある球団関係者が明かす。そんな外野の声を知っているのか、あるいは移籍に際してソフトバンク側から釘を刺されたのか?バレンティンは、ただいま優等生に変身中だ。
持ち前のパワーに加えて激走また激走。3月に行われた古巣・ヤクルトとのオープン戦では左前に適時打を放つと左翼手が滑り込んで打球処理する姿を見て二塁に激走。またある時は味方の長打に一塁から一気に生還するなど全力疾走が目につく。「一発よりああした姿勢が心強い」と工藤監督を喜ばせる。
このまま、開幕を迎えれば「4番・指名打者」か「4番・左翼」でパ・リーグデビューとなる。通算288本塁打で300本の大台まであと12本。過去の外国人最多本塁打記録はT・ローズ(元近鉄/巨人/オリックス)の464本で、A・ラミレス(元ヤクルト/巨人/DeNA)の380本、A・カブレラ(元西武/オリックス/ソフトバンク)の357本と続き、バレンティンは現在4位につける。
他の3選手が12~14年間の実働期間に対して、バレンティンは今年が10年目。今のペースを維持できれば3年後にはカブレラを抜いてベストスリー入りも可能だ。
ソフトバンクの強みは内川聖一、松田宣浩両らベテラン選手が自らの態度でチームを引っ張ること。練習から試合中の声出しまで率先するのでベンチに活気と緊張感がある。ヤクルト時代はともすれば“王様気分”でいられたバレンティンでも全力プレーが求められる。それも優等生への変身につながっているのかも知れない。
5キロの減量に成功した体力と自粛のブランクを感じさせない技術に充実する精神面。あとはこの変身が秋まで継続するのを願うばかりである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)