コラム 2020.07.21. 11:09

修羅場をくぐってきた男たち…阿部寿樹と岡野祐一郎、竜の逆襲のカギを握る“遠回り組”

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中日・阿部寿樹 (C) Kyodo News

「迷惑をかけていたので…」


 こんなに静かなヒーローインタビューも珍しい。コロナ禍のせいで観客が少ないだけが理由ではなさそうだった。

 16日、ナゴヤドームで行われたDeNA戦。自己最多タイとなる4打点を挙げた中日・阿部寿樹内野手(30)は、くちごもるようにマイクに声を発した。





 「ここまで迷惑かけていたので、打ててよかったです」


 インタビュアーは、何とか喜びや笑顔を引き出そうとした。だが、阿部は浮かない表情のまま。

 「5番打者として活躍しましたね!」には、「自分のできることをやろうと思って練習していました」。「第1打席からタイムリーを放ちました」には、「ホッとしました」と続いた。

 場内でのお立ち台が終わると、メディアとの電話インタビューがある。そこでは「焦りが出て、タイミングをゆったり取ろうとして、また打てなくなって…」と語っている。


大不振を乗り越えて…


 この日のゲームでは、ドラフトで“指名漏れ”を経験した2人が投打で輝いた。阿部と、もう一人は先発したドラフト3位の岡野祐一郎投手(26)。5イニングを投げて無失点で、今季2勝目を挙げた。

 阿部が明治大からホンダに4年所属していたなら、岡野は青山学院大から東芝で3年。大卒の場合、社会人2年でプロの道へ進めるから、阿部は2度、岡野は1度、指名漏れを経験していることになる。


 淡々とお立ち台で話した阿部がふと、思い出すのは父・勇一さん。岩手県一関市で生まれ。ドラフト指名された2015年秋に膵臓(すいぞう)がんが発覚すると、それが大腸にも転移。入団会見と沖縄キャンプこそ見てもらえたが、一軍での活躍を披露することはできず、発覚から1年もたたずに他界した。

 4年目の昨季、初めて規定打席に到達。「亭主関白気質の強い父。母は控えめで『体は大丈夫?』といつも心配されています」。自宅の敷地内にある大型のビニールハウス。そこで父と子、ティー打撃をするのが日課だった。

 活躍して安心させたいのは、母・美世子さん。「活躍を見せたいです」。オフには美世子さんが育て、収穫した具材を使ったみそ汁を飲むのが楽しみ。大根とニンジンにタマネギ。この3拍子がそろえば完ぺきだという。


 開幕10試合を終えて.316。しかし、そこから急降下した。スタメン落ちも経験。8番も打った。7月15日までの打率は、35打数3安打で「.086」。それでも、心優しきバットマンはここから逆襲する。


修羅場をくぐってきた男たち


 もう一人の岡野は、中学時代は「4番手投手」だった。

 宮城県の出身で、福島の強豪・聖光学院高へ進学。2011年の東日本大震災は高校1年で経験した。実家は全半壊。「中学の友達の家も流されました」。そこから、青学大へ進学。社会人・東芝へ進んだ。


 阿部も、岡野も、ともに修羅場をくぐってきた。

 阿部は「最悪のときに比べれば振れています。スタメン落ちする日はベンチで悔しい思いをしていましたけど、打てない自分が悪かったので。実力不足です。また練習から頑張りたいです」と語る。

 ルーキー最速となる2勝目をゲットた岡野も、「走者を出しても落ち着いて投げられました。セットポジションで、踏み出す左脚をクロス気味に出しました」と手応えと修正点を明かした。

 “遠回り”の末のプロ入り。苦境から這い上がってきたこの2人の活躍が、7年連続Bクラスからの脱却を目指す竜には欠かせない。


文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)
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