白球つれづれ2020~第38回・青木宣親
コロナ禍による観客制限が一部緩和(50%以下)された神宮球場。1万3467人のファンが思わぬ花火にどよめいた。
20日に行われた広島戦。最下位に沈むヤクルト打線がいきなり大爆発だ。初回、先頭の若武者・濱田太貴選手が持ち前のパワーで2号アーチを放つと、続く青木宣親選手が技ありの左越え一発。さらに3番の山田哲人選手も広島先発・中村祐太投手のカットボールを軽々と左翼スタンド中段まで運んだ。
初回先頭打者からの3者連続本塁打は95年の中日(立浪和義、種田仁、松井達徳)以来実に25年ぶりの快挙。最下位に沈む“ツバメ党”の鬱憤も多少は晴れたに違いない。
そんな三銃士の中でもベテラン、青木の元気さが際立っている。20日現在(以下同じ)打率.314はベスト10の4位。さらに驚くべきは15本塁打を含む長打率(.596)がなんとリーグトップ。コツコツと安打を量産するだけでなく、今季は二塁打も22本放ちパワフルな打棒が目につく。
長打力を伸ばすパワフルな38歳
過去に首位打者3度を誇る安打製造機だが、ホームランの数字に特化するとキャリアハイは2007年の20本塁打。この年は146試合に出場しているので7.3試合に1本の割合でアーチをかけていたことになる。ところが今季は出場72試合で15本のペース。チームの残り試合は42だから最終的には23~24本に届く計算になる。ちなみに2007年と同じ146試合なら30本を超える。38歳にして、まだ進化を続ける青木らしいパワーアップだ。
もうひとつ、本塁打の打球方向にも注目してみたい。今季放った15本の内訳は右方向に8本、左方向に5本、そして中堅方向が2本だ。青木と言えば右に引っ張る時は一発もあったが、レフト方向にはちょこんと軽打のイメージが強い。それが今季は左にも強い打球が打てる。175センチの小兵が流してホームランはたやすいことではない。そこに卓越した技術と進化する肉体があるのだ。
「イチロー二世」としてメジャーの門を叩いたのは2012年のこと。だが、待ち受けていたのはパワー全盛のメジャー流野球だった。
ブルリュワーズを皮切りにロイヤルズ、ジャイアンツ、マリナーズと、毎年のように移籍を繰り返す“渡り鳥生活”が続く。2017年に至ってはアストロズ、ブルージェイズ、メッツと1年間で3球団を渡り歩いた。6年間で750試合以上に出場して通算打率は「.285」と立派な数字に映るが、本塁打の少なさ、ひいてはパワー不足が不当とも言える評価の低さにつながった。
青木の白球生活を振り返ると、ヤクルト入団から数々のタイトルを獲得した時代が全盛期。メジャーでもがき苦しんだ期間が悪戦苦闘期。そして再び古巣に舞い戻った18年からが晩成・円熟期と色分けできる。しかし、メジャーの6年間をその後の修業期間と捉えれば今季の充実ぶりも納得がいく。
メジャー投手のボールは2階から投げ下ろしてくるような角度がある上に、日本の投手より球速は平均的に早く、球質は重い。さらに手元で変化するクセ球が当たり前だ。これを克服しようと思えば手元まで引き付けて強いスイングを身に着けるしかない。当然、筋力トレーニングの重要性を身に着けた。20代の頃の全盛期に劣らない打撃術にパワーをこの年で進化させている秘密がここにある。
ヤクルトファンの希望の灯に
NPBの生涯通算打率(4000打席以上)で「.325」は歴代のトップ。ちなみに2位のレロン・リー(元ロッテ)とは5厘差だが、これだけの打数を数えると青木が極度の不振(例えば2割5分以下)に陥らない限りは覆らない。
近年はシーズンオフに渡米して本場のトレーニングを吸収、弟子入りした山崎晃大朗選手らを主力選手に育て上げている。一方でチャンスに凡退すると今でも周囲が近寄りがたいほど喜怒哀楽を表に出す。プロフェッサーでいて、野球少年のような男である。
今年に入って2歳年上の松坂大輔(西武)世代では藤川球児(阪神)や渡辺直人(楽天)選手らが相次いで引退を表明。青木の同期では鳥谷敬(ロッテ)、糸井嘉男(阪神)両選手らが衰えや故障に苦しんでいる。そんな中にあって青木の元気さは特筆に値する。
何せ、山田より多くのヒットを量産し、村上宗隆選手と本塁打で肩を並べているのだから恐るべき中年の星だ。残り試合で首位打者争いトップを走る佐野恵太(DeNA)に、村上と共にどこまで迫れるか? 最下位からの脱出に加え、せめてヤクルトファンに希望の灯を灯して欲しいものだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)