第3回:全権監督の見事な手腕
勝利へのファイナルカウントダウンが始まった。
14日の広島戦に快勝して、優勝マジックはついに1ケタに突入、もう行く手をさえぎるものはない。原辰徳監督の胴上げを待つばかりだ。一足早く、今季の勝利を加えれば、3度にわたる監督としてのリーグ優勝は9度目となる。誰も「名将」と呼ぶことに異論はないだろう。
今月13日、巨人の山口寿一オーナーが原監督に来季も続投要請することを明らかにした。来季が3年契約の最終年。リーグ連覇となれば当然の要請だが、同オーナーの言葉に最大限の評価が伺える。
「強い巨人を取り戻したいと(3度目の)就任を要請して実際にそうなっている」
「本当に立派な手腕。特に一軍、二軍、三軍をワンチームに束ねてマネジメントをやってくれている。休ませるべき選手を休ませて、ファームから引きあげるべき選手を引き上げ、選手の力をよく引き出している」
さらに、シーズン4件にも上ったトレード戦略も高く評価、まさに全権監督への信頼は揺るがない。
課された2つのミッション
昨年、4年ぶりに巨人のユニフォームに袖を通した指揮官には2つの重大ミッションが課せられた。一つ目はもちろん5年連続で優勝から遠ざかるチームの再建。そして二つ目は後任指導者の育成だった。
「第三次原内閣」が誕生した時、その顔触れに正直驚いた。それまで原監督を支えて来た村田真一、斎藤雅樹氏と言った常連が姿を消して、元木大介、宮本和知新コーチらの名前があったからだ。両コーチともに巨人退団後はタレントとして活躍、時には「おバカキャラ」のレッテルすら貼られていたこともある。
村田、齊藤氏らは原監督と近い関係にあったが、高橋由伸監督時代も重要コーチとして指導に当たってきた経緯があり、「V逸」の責任を取らされた側面もある。加えて年齢的にも若手への切り替えの時期に来ていたのだろう。
ところが、「軽量コーチ」への心配は当方の杞憂に終わった。
今季からヘッドコーチに就任した元木と宮本投手コーチの評判はおおむね良い。2人に共通しているのはモチベーターとしての力量だ。チームでは首脳陣と選手の間に「垣根」が生じるケースは多い。指導する側には威厳、される側には礼節。それがあって当然だが、行き過ぎると乖離が生まれる。そのすき間を埋めるのがコミュニケーションである。
若手を叱り、鼓舞するやり方。ベテランにはベテランのプライドも考慮しながらモチベーションを上げていく。新しい時代のコーチに求められる指導者像を元木ヘッドらはタレント時代に身に着けていたのだ。新打撃コーチに招請した石井琢朗の熱心な指導にも定評がある。横浜、広島、ヤクルトを渡り歩いた職人コーチ。相手の強みを消して自軍の強化に生かす。こうしたコーチの活用術を含めて原監督の慧眼にも驚く。
“真”の王者を目指して
その元木ヘッドが虫垂炎のため戦列を離れると、ヘッド代行として阿部慎之助二軍監督を一軍に呼び寄せている。一部には「早くも次期監督の予行演習?」とささやく声もあったが、原監督は「好きなようにやればいいから」と、阿部色を前面に出すことを許している。ここまで来ると大監督の余裕すら感じさせたものだ。
「勝利至上主義」を前面に押し出して、ベテランから若手までを戦いの渦に巻き込む原用兵は厳しい一方で、指揮官自身も時代と共に人心掌握のやり方を変化させている。
今季からはLINEを駆使してコーチや選手との意思疎通を図っているという。丸佳浩選手が本塁打を放った際に、両手で「丸ポーズ」を作って出迎えるのも昨年からの儀式。阪神の矢野燿大監督がガッツポーズを作って喜びを表すとOBの一部からは「ガッツポーズは勝った時だけでいい」と苦言を呈されていたが、原流はクレームなし。これも勝者ならではの特権か。
伝統を継承しながら新しいチーム作りにも挑戦して、9月11日のヤクルト戦で監督通算1067勝。V9時代の川上哲治監督を抜いて巨人史上最多勝監督の金字塔を打ち立てた。向かうところ敵なしの最強指揮官だが、やり残すものはまだある。8年ぶりの日本一奪還だ。シリーズに勝ってこその王者。これもまた巨人の不文律である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)