正捕手の座を手中に収めようとしている中日・木下拓哉 (C) Kyodo News

◆ 恒例の質問「何を拾いましたか?」

 いくらサービス精神旺盛な男と言えど、さすがの困り顔だった。

 10月25日、神宮球場で行われたヤクルト戦。決勝打を放った木下拓哉に、メディアから質問が飛ぶ。聞きたいのは、「最近、何を拾ったか」──。

 ヒーローになったのは23日の同カード以来、中1日。そうそう、気の利いたものが落ちているはずもない。人のいい正捕手候補筆頭は、「僕が拾うようになってから、みんなが拾うようになって…。もう何も落ちていないんです」と声のトーンを下げた。

 すべての始まりは9月下旬。本拠地・ナゴヤドームでのシャワールームでのエピソードを披露したことだった。落ちている絆創膏を拾ったエピソードを語った。

 次は、遠征先宿舎内のエレベーター内にあった、傘を入れるビニール袋。「ホテルで朝食を食べたあとのエレベーターです。傘を入れるビニール袋が落ちていて、それを拾って捨てたので、神様が味方してくれたと思います。神様、ありがとう!」。

 ここからは、2歳の長女からプレゼントされた四つ葉のクローバー、ドングリと続く。第4の拾いものまではスラスラ出てきても、第5となると…。あまり聞きすぎるのも忍びなくなる。

◆ ゴミ拾いで徳を積み、娘からもらったものは宝物

 入団5年目になって、キャリアハイをマークし続ける。

 技術に加えて、メンタルも成長した。24日の6回に放った決勝打は梅野雄吾から。その時の捕手は35歳のベテラン・嶋基宏だった。

 「捕手が嶋さんだったので、経験では勝てません。嶋さんと勝負しても負けるので、配球は読まずに思い切っていました。打てるボールに対して、初球からいけました」

 打者は捕手でリズムを狂わされる。だったら、考えない。

 捕手が誰かも、2打席連続初球凡退のリスクも、すべてを頭から消し去って、カットボールに手を出したのがよかった。迷いなくバットを振り切り、右中間を破る2点適時二塁打を放った。

 5年目でようやく芽が出た。2016年のドラフト3位入団。1位は左腕・小笠原慎之介だった。4位にセットアッパー福敬登が指名され、5位は二塁レギュラーをつかんだ阿部寿樹がいた。

 当時は谷繁元信政権下。入団会見では、指揮官から「ドラゴンズの選手としてのプライド、プロ野球選手としてのプライドを持って日々過ごしてほしい」と声を掛けられている。29歳シーズンで、ようやくアスリートとしての誇りを胸にマスクをかぶり、グラウンドに飛び出す日々が幕開けした。

 26日はドラフト会議があった。この時期になると、思い出す。法大4年での指名漏れだ。

 「誰かから何か言われたわけではありません。自分は周囲の期待を裏切ったのだと、空気感で察知しました」

 トヨタ自動車に進み、社会人No.1捕手の評価を得て再挑戦。プロ入りを果たした。

正捕手不在のチームにあって、試合に出続けられるのが何よりうれしい。

ゴミ拾いで徳を積む。娘からもらったクローバーやドングリは宝物。2位死守、そして来季へ向けて、出場経験と白星は木下拓哉の、そして与田竜の財産になる。

文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)


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