白球つれづれ2020~第44回・広島とドラフト
広島のルーキー・森下暢仁投手が1日の中日戦で10勝目を挙げた。
8回を被安打7も無失点。ピンチを迎えても動じることなく抑え込んでしまう投球術は新人離れしている。夏場までは巨人の戸郷翔征投手と激しく新人王レースを争っていたが、もはや敵なしの状態で佐々岡真司監督も「これで確定。森下以外に投票する記者はいないでしょう」と“当確ランプ”を灯した。
それどころか、この時点で防御率は驚異の「1.907」と跳ね上がり、トップを行く中日・大野雄大投手に0.002差まで迫っている。仮に新人王で最優秀防御率まで獲得すると99年の巨人・上原浩治氏以来の快挙となる。
それにしても、こんな大物新人を昨年のドラフトで単独指名出来たことに驚く。去年のドラフトを振り返ると、佐々木朗希、奥川恭伸両投手の「高校ビッグ2」に人気が集中したのは記憶に新しい。西武、楽天ら4球団が1位指名した佐々木はロッテに。巨人、阪神ら3球団が指名した奥川は抽選の結果、ヤクルトに入団が決まった。
2人とも超高校級として「10年、20年に一人の逸材」と高い将来性が評価された。しかし、1年目から二ケタ勝利もと言われていたのが「大学No.1」の呼び声が高かった森下だった。佐々木や奥川の指名を回避した残りの球団も、高校生野手の石川昴弥(中日)や森敬斗(DeNA)選手らに舵を切っている。まさにエアポケットの中で広島がつかんだ単独指名と言えるだろう。
今年も早川隆久投手(早大)と佐藤輝明選手(近畿大)に人気が集中する中で「社会人随一」と言われる即戦力候補の栗林良吏投手(トヨタ自動車)の単独指名に成功した。
カープの流儀!?
直近10年のドラフトで広島が単独1位指名した選手は野村祐輔(11年)、岡田明丈(15年)そして昨年の森下に次いで栗林で4人目、いずれも大卒、もしくは社会人の投手である。
逆に野手の指名を見てみると、現在主軸を構成する鈴木誠也選手が2位、菊池涼介選手も2位、西川龍馬選手は5位で、松山竜平選手は大学ドラフト制度があった当時の4位。これらを合わせると投手は競合を避けた即戦力(例外は13年のドラフトで3球団競合の末に獲得した大瀬良大地投手)に的を絞り、野手は鍛えて育てる方針が見て取れる。ここにこそ、赤ヘル独自の戦略がある。
広島の新人補強は各ポジション別の近未来をチェックするところから始まる。例えば一昨年のドラフトでは遊撃のレギュラーである田中広輔選手の故障や衰えを考慮して小園海斗選手を1位指名。ベテランの多かった捕手では會澤翼選手に加えて坂倉奨吾選手が成長し、一昨年のドラフトで中村奨成選手も獲得しているので、当面は安泰だ。
3年後、5年後に備えてどのポジションの選手獲得を優先すべきか、チーム全体で把握する一覧表が作られている。こうした大方針をもとに、人気や話題性にとらわれずドラフト当日まで他球団の動向を見ながら“一本釣り”を狙うのがカープの流儀だ。
もっとも、即戦力投手の単独指名をこれだけ実現させていれば投手王国を築いてもおかしくないのだが、現実は「打高投低」で下位に低迷している。
今季は森下が獅子奮迅の活躍を見せる一方でエースの大瀬良や野村が故障で戦線を離脱。抑えを期待した新外国人、T.スコット投手の誤算も痛い。緒方孝市前監督時代にリーグ3連覇に貢献した岡田や薮田和樹投手や、抑えの中崎翔太、今村猛投手らが軒並み故障などでかつての輝きを取り戻せないでいる。
もっと古くを見れば、90年代後半に新人王に輝いた山内泰幸、沢崎俊和投手(現投手コーチ)らも短命に終わっている。もちろん、チームとして故障防止やコンディショニングのあり方の研究は進んでいるのだろうが、ここまで故障者が多いと抜本的な改善策を見つけ出さない限り、再浮上は難しくなってくる。
巻き返しのカギは故障組の復活か
コロナ禍で揺れる今季、市民球団である広島にとって、その環境はとりわけ厳しい。有力な親会社を持たない分、球団経営にしわ寄せは避けられないからだ。
新球場が誕生以来、強さを取り戻した赤ヘル軍団にファンは熱狂し、「カープ女子」なる新語も生まれた。好調な観客動員と共に安定化したかに見えた経営面も無観客や一部の有観客では心もとない。
森下という文字通りの「金の卵」を手に入れた。今年の“ドラ1”栗林も大きな期待が持てそうである。巧みなドラフト戦略を生かすも殺すも故障組の復活にかかっていると言えそうだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)