晩秋の人間模様
コロナ禍の異例なシーズンはソフトバンクと巨人がそれぞれリーグ優勝を決めた。パ・リーグはクライマックス・シリーズを残しているが、11月21日からの日本シリーズで真の勝者が決定する。
一方で各球団の戦力外通告が行われている。今年は巨人の大量15選手をはじめ、かつてチームの顔だった大物が引退を決意したり、元ドラフト1位として人気と期待を集めた者など現時点で80選手以上が新たな転機を迎える。
去る者、新天地で再出発を図る者、トライアウトにかすかな望みを託す者。この時期ならではの人間模様をシリーズで追ってみる。
第1回:内川聖一のリスタート
11月1日、福岡にあるタマホームスタジアム筑後ではウエスタンリーグの最終戦が行われていた。ソフトバンク対阪神。ここが内川聖一選手の「別れの場所」となった。
20年に及ぶ白球人生でセ・パにまたがり2度の首位打者獲得、生涯打率3割を超える。しかも昨年までチームの顔でもあった名選手を送るには何とも寂しい試合後のセレモニーで声を絞り出す。
「今年、1打席も一軍でチャンスをもらえなかったことで、野球を辞める決心がつかなかった。まだまだ、終わらせることは出来ない」。
翌2日、球団から来季は契約を結ばないと正式発表があった。その場に立ち会った三笠杉彦GMによれば、夏以降から内川と話し合い、球団としては来季以降の戦力構想から外れている事を伝えたうえで「彼の意向を最大限尊重したい」と他球団での挑戦を認めたことを明らかにした。
だが、この退団劇を目の当たりにしたファンの間でも釈然としない気持ちが残ったのではないか? これだけの功労者を送り出すにあたって、本来であれば両者が揃って退団会見の場を設けるべきだろう。さらに、内川自身が語るように今季の一軍出場はゼロ。開幕前に打撃不振を理由に二軍行きとなったが、そのファームでは3割以上の打率を残している。
最近は現役引退が決まった選手には一軍で出場機会を与えたり、時には胴上げまでするケースも珍しくない。内川の場合は引退ではないが、それでもソフトバンクのユニホームを脱ぐ前に一軍でけじめの時を作ってもらいたかった。
「(一軍に)上げるか、コーチたちと話し合った時もあるがタイミングが合わなかった。そのことに関しては申し訳ない気持ちで一杯。これからは一日でも長く他に行っても頑張って欲しい」と工藤公康監督も内川の今後に気遣った。
指揮官自身も40歳まで現役を続けて5球団を渡り歩いている。プロとは1年ごとの契約が基本の世界。若返りの加速するチーム事情と松田宣浩選手という内川に並ぶベテランのチームリーダーもいる。皮肉な見方をすれば、内川ほどの実力者でも弾き飛ばされるのが今のチームの強さを象徴しているのかもしれない。
再出発の地は!?
その内川を巡っては、早くも激しい争奪戦が予想されている。すでに中日とヤクルトが獲得の検討を明らかにし、巨人や阪神も今後、参戦が有力視されている。
今季、8年ぶりのAクラス入りを決めた中日だが得点力不足と右の代打に人材を欠いている。主砲のD.ビシエド選手が故障離脱の時には一塁手にも適任。2年連続最下位に沈むヤクルトは相対的に戦力層が薄く、内川なら是非とも欲しい人材だ。
巨人は原辰徳監督がWBCで世界一になった時に貢献したのが内川、過去にも岩隈久志(今季限りで引退)、中島宏之らWBCつながりの選手を獲得してきた経緯もある。今季の内川の年俸は2億4800万円。来季は大幅減額になることは確実だが、それでもマネーゲームになるようなら本命に浮上してくることもあり得そうだ。
今年のシーズンオフは例年よりも短い。いつもならこの時期には日本シリーズも終了して、秋季キャンプ目前の頃だ。しかし、開幕が6月にずれ込んで日本一決戦は今月末となる。当然、戦力補強は時間との勝負にもなる。
内川以外に福留孝介、能見篤史(共に阪神)らの大物選手もチームの来季構想から外れて新天地を求めている。肩書だけで生きていける甘い世界でないことは彼らが一番知っている。勝負の「秋の陣」はいよいよ本番を迎える。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)