コラム

“松坂世代”それぞれの旅立ち【強者たちの秋】

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引退セレモニーで場内を一周しファンの声援に応える阪神の藤川=甲子園

第2回:松坂世代の決断


 「現役引退」。相撲界で言えば、断髪式が行われる。野球界ならもう二度と戦いのグラウンドに立てないことを意味する。突如の宣告に涙する者もいれば、さわやかな気持ちで球界に別れを告げる者もいる。ただし、後者はほんの一握りの成功者に限られる。

 11月10日。阪神の藤川球児投手が本拠地の甲子園で22年間の現役生活に別れを告げた。9回に登場すると代名詞の「火の玉ストレート」だけを12球。対戦相手の巨人も坂本勇人選手を代打に送り花を添える。結果は空振り三振、最後まで藤川は藤川らしかった。

 日米通算61勝39敗164ホールド245セーブ。記録もすごいが記憶に残る名投手だった。多くの好敵手が語るように「ストレートが来るとわかっているのに打てなかった」という150キロ中盤のストレートは打者の手元でさらにホップした。全盛期の江川卓氏(元巨人)も同様な球を操っていたが、文句なしの一級品だ。

 33歳の時にメジャーに挑戦し、一時は四国アイランドリーグにも籍を置いた。度重なる故障にも悩まされている。それでも最後は“猛虎ファン”の歓声に送られ、笑顔で引退セレモニーに臨んだ。これ以上の幸せもないだろう。

 今後は球団が新設する「スペシャル・アシスタント(SA)」に就任するという。ユニホームを着ることはないが、編成面のアシストや野球振興活動のサポートなど活動は広範囲に及ぶ。将来の幹部候補生として、まだまだ多忙な日々が続きそうだ。

 その藤川と前後して楽天の渡辺直人、久保裕也両選手の現役引退も発表された。渡辺は楽天を振り出しに横浜・DeNAから西武そして再び楽天に戻った苦労人だが、いぶし銀の打撃に加え、どのチームでも同僚から信頼の厚い人格者。今季は打撃コーチ兼任だったが、来季はコーチ専任が決まっている。

 3度の戦力外通告を受けながら18年間投げ抜いた久保もまた、ファームの指導者として再出発の予定だ。

 この3人は、いずれも40歳。いわゆる“松坂世代”の一員である。


トップランナーの挑戦


 かつては12球団を席巻した1980年生まれを主体とした黄金世代。松坂大輔(西武)を大将格に、杉内俊哉、村田修一(共に現巨人コーチ)や小谷野栄一(現オリックスコーチ)、館山昌平(現楽天コーチ)らが名を連ねる。近年は毎年のように引退が相次いで、今季開幕時点では5選手。そのうち、藤川、渡辺、久保の3人が引退を決意したため、残るは松坂とソフトバンクの和田毅投手の2人だけとなった。

 今オフには「カムバック賞」の有力候補と目される和田は、目覚ましい投球でリーグ優勝の立役者の一人となった。

 メジャーから復帰以降、左肘の手術や肩痛で一昨年は一度も一軍のマウンドに立てない屈辱も味わっている。それが往年の投球を彷彿とさせる復活ぶりで8勝(1敗)をマーク。先月27日の優勝を決めたロッテ戦にも先発し、勝利投手になっている。今後はクライマックスシリーズ、さらにその先に進めば上位打線に左打者の多い巨人との相性も含めて、日本一へのキーマンにもなりそうだ。

 さて、こうなれば問題は軍団の総大将である松坂の存在だ。一部スポーツ紙によれば、球団側がすでに来季の現役続行を要請し、本人も同意したという。

 今季、14年ぶりに古巣へ戻ってきた松坂だが、結果は一度も一軍のマウンドに上ることはなかった。当初、辻発彦監督は3月開幕なら開幕カードで登板予定を示唆していたが、その後、右ひざに注射。さらに7月には頸部の痛みと右手の痺れをなくすため頸椎の手術に踏み切る。結局、回復が遅れたため二軍戦の出場も叶わなかった。

 「自分はあきらめの悪い男。マウンドに立って野球がやりたいと思ううちはしがみついてでも現役にこだわっていきたい」と西武復帰の際に語ったことがある。球団にとってもこれほどの人気者でレジェンドでもある功労者の花道は用意してやりたい。

 今年も100人以上の選手が「引退」の二文字に直面した。その中で自らが進退を決められる選手は数少ない。笑顔で去った藤川と、現役にしがみつこうとする松坂。どちらが苦しいかと問えば、おそらく松坂だろう。

 一時代の終わりは確実に近づいている。それは承知の上で世代のトップランナーの挑戦は続く。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
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