ファンへの感謝を込めた“ワインドアップ”
いつもと違う“姿”に、スタンドが少しだけざわつく。
「振りかぶってる!」「ワインドアップや」──。
阪神タイガース・能見篤史の“原点回帰”に、誰もが胸を熱くした。
11月11日、甲子園で行われたDeNAとのシーズン最終戦。1点リードの9回に名前がコールされた。みんな分かっていた。タテジマの背番号14を目にできるのは今夜限りであることを…。
虎党にはお馴染みの登場曲、GReeeeN「刹那」を締めくくるフレーズ『能見信じて』に聖地のファンが声を合わせた。
「それはもう決めてたんで。ブルペンではちょっとタイミング合わなかったんですけど。恩返しというか、元々テレビとか、映る姿もそこをアップにして撮ってくれたり。そういう代名詞と浸透してたんで、何とかそれを実現しようと」
2018年途中に中継ぎに転向して以来、2年間も封印していたワインドアップ投法を解禁した。
来季の構想外が決まり、タイガースでは最後となるマウンド。後輩投手から「芸術」とも評される美麗なフォームで腕を振った。
先頭で対峙した細川に中前打。わずか4球でセットポジションを余儀なくされたものの、続くソトを遊撃への併殺に仕留めて再び「幸せな時間」がやってきた。
「ちょっと先頭が出てヒヤヒヤしたんですけど、何とか運良くゲッツーになったので、もう一度ワインドアップできるなということで最後は楽しませてもらいました」
最後は柴田を148キロの直球で空を切らせ、プロ2セーブ目で阪神での16年間を締めくくった。
「自分のできることを全うして頑張ってほしい」
「まさか大山まで泣いてるとは思わなかった。梅野もマウンド来た時からもう泣いてたので、嬉しいなと思いながらね」
梅野は涙で頬を濡らしながらミットを構え、大山や岩貞も感極まっていた。沖縄で「チーム能見」として、ともに汗を流してきたメンバーだ。後輩たちにとっていかに大きな存在だったか、言うまでも無い。
先発マウンドで5回無失点の快投を披露した藤浪もそのひとり。
「練習に対する姿勢、取り組み方、投手の考え方…投手観、野球観で、すごく影響を与えてくださった方でした。なんとか能見さんまで良い形で繋ぎたいと思っていたので、0点で抑えることができて良かった」。
馬場から伊藤和、岩貞と、2番手以降の3投手は1本のヒットも許さなかった。
「能見さんにつなぐ」…。心で誓った合言葉を力に変え、仲間はバトンをつないでいった。
エースとして長年戦ってきた先発の座を離れ、2018年からはブルペンへ働きの場を移してフル回転。
「個人のことを追いかけるのはもう終わってるから。チームのために。走者を背負ってる場面とか、しんどいところを自分が投げれば。自分には経験がはある」
常にチームのために身を削ってきた。そんな“歴史”を誰もが目にしてきた。
最後のマウンド。先発時代を彷彿とさせるフォームで、ずっとこだわり続けた直球を投げ込む姿は、後輩たちへのメッセージになった。
信念と献身の16年──。試合前にはナインへ向かって「時代は流れていくと思いますので、本当に悔いなく、自分のできることを全うして頑張ってほしいなと思います」と、投げかけていた。
「能見篤史」という男の生き様を目に焼き付けた、尊い時間。次の世代を担う選手が受け取ったものは少なくない。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)