白球つれづれ2020~第49回・時代の潮流
イチローさんの高校生熱血指導が話題を呼んでいる。
12月初旬に甲子園の強豪でもある智弁和歌山高校を3日間にわたり臨時コーチとして指導にあたった。
初日は観察期間として「見る事」に徹して2日目から打撃、守備、走塁と幅広くアドバイスを送っている。世界の元スーパースターは高校球児に交じってダッシュを繰り返したり、フリー打撃ではさく越え連発で周囲を驚かせた。智弁ナインにとっては文字通り「夢の3日間」となったに違いない。厳しい指導というより、選手たちの自主性を伸ばすことに重点を置いたコーチングがイチローさんらしい。
昨年の現役引退会見で、将来の指導者像を尋ねられると、「プロというより、大学、高校には興味がありますね」と語っている。
イチローさんの憂慮?
さらに、今回の臨時コーチを前にした先月26日の講演会では、もっと野球界の現状に踏み込んだ分析をしている。
「最近、高校野球をよく見る。“野球”をやっているんです。メジャーリーグは今、どこまで飛ばせるかのコンテストをやっている。“野球”とは言えない。どうやって点を取るか。高校野球にはそれが詰まっている」。まさに、この言葉にイチローさんの野球に対する美学と哲学が詰まっているのではないだろうか。
現在の肩書はマリナーズの会長付特別補佐兼インストラクター。日米通算4367安打に俊足、強肩の外野手として現地でもレジェンドの地位は揺るぎない。野球殿堂入りは時間の問題。今夏には「スポーツイラストレイテッド」誌の選出する21世紀のベストナインにも名を連ねている。そんな不世出の大選手が今の野球界に対して苦々しく思っているのが、こうした一連の発言だ。
野球とは打って、守って、走って、が基本中の基本。そこに、盗塁やヒットエンドランやスクイズなどの小技も絡めて得点を競ってきた。
ところがメジャーの現状は「フライボール革命」以来、パワーでねじ伏せることが主流になっている。イチローさんのようなオールラウンダーは影を潜め、投手は160キロ超の快速球を投じて、打者は特大のホームランを求められる。時代の違いと言ってしまえばそれまでだが、野球本来の持つ面白さやコクの深さが失われつつあるのも確かだろう。
日米で成功をおさめたレジェンドの未来は前途洋々である。両国のプロ監督だってあり得る。しかし、47歳になった今、彼の心はむしろアマチュアの指導に傾いている。これもイチロー流の美学かも知れない。
アメリカンドリームへの挑戦
「振り子打法」で日本球界を席巻、メジャーでも完全無欠のスターとして君臨したイチローさんの歩みはパイオニアの歴史でもある。誰も成しえなかった高みに上った男にしか見えない景色がある。そんな開拓者だからこそ、これまでの日本野球に重くのしかかってきたプロアマ問題の架け橋となり、さらには日米の架け橋になろうとしているのではないか。誰もやれなかったことに挑戦する。そう見れば、現役引退後の行動にも合点がいく。
そんな、イチローさんのメジャーへの憂慮を聞くにつけ、気になるのが今オフにポスティングシステムを活用してメジャー挑戦を表明した日本ハム・西川遥輝選手の動向だ。
僚友の有原航平投手と共にメジャー移籍を目指しているが、イチローさんならずとも現状のメジャー野球にフィットするのかがポイントとなる。走攻守揃った“ミニ・イチロー”型の選手だが、何せ前述の通りパワー全盛のご時世だ。日本では俊足巧打でも米国での評価は難しいところ。まして外野手は長打を期待される。
似たようなタイプで今季、レッズに移籍した秋山翔吾選手(前西武)のレギュラーシーズン成績は打率.245で7打点に本塁打はゼロ。本場で活躍するのは容易ではない。
「小さいころからの夢であり、金銭面の問題ではない」とする西川。もちろん、所属チームによっては、レギュラーの座を掴み、活躍することもあるだろう。アメリカンドリームを手にすることが出来るのか、注目だ。
奇しくも、イチローさんが指導に当たったのが智弁和歌山高なら、西川の出身校も智弁和歌山。果たして運命の糸?は紡がれていくのか。それぞれの決断に注目が集まる初冬である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)