勝負師たちのリスタート
プロ野球人生のサイクルは速い。レギュラークラスはともかく、それ以外の選手たちは毎年行われるドラフト、戦力外通告、トライアウトやトレードなどでふるいにかけられる。大物選手のFA移籍に伴い、人的補償という形で古巣を去る男たちもいる。弱肉強食の世界。新たなスタートラインに立った彼らは何を思い、どう立ち向かっていこうとしているのか? その人間模様に迫ってみる。
第1回:DeNA・田中俊太
昨年末にベイスターズから井納翔一投手と梶谷隆幸選手が巨人へFA移籍。その梶谷の人的補償として、DeNAが獲得したのが田中俊である。昨季、僚友の佐野恵太選手と最後まで首位打者を争った梶谷との実績では大きな差があるが、走攻守三拍子そろった好選手であることは多くの関係者が認めるところだ。
「(通告を受けたときは)驚いたが、求められて入団させていただいた。環境が変わるのをチャンスと捉えて、チームのために貢献できるよう頑張りたい」。27歳の“ルーキー”が力を込める。
17年オフのドラフトで巨人から5位指名。プロフィールの最初には「広島・田中広輔の弟」と紹介された。原巨人で頭角を現すと今度は「原監督直系の東海大人脈」と揶揄もされた。それは何を意味するのか? プロでの実績が「そこそこ」でアピールポイントが希薄だったからである。田中兄弟の弟は一生ついて回るが、新天地の勝負は自らのプレーで掴み取りたい。
昨季は出場こそ48試合と少ないが、打率.265とキャリアハイを記録。本職の二塁以外にも一塁、三塁、遊撃に加えて外野も守った。脚も長打力も「そこそこ」ある、貴重なバイプレーヤーだ。しかし、巨人では二塁で吉川尚輝選手がほぼレギュラーとして定着、三塁に岡本和真、遊撃に坂本勇人両選手が盤石では出番が限られる。同タイプの若林晃弘、北村拓己選手らの突き上げもあった。田中俊にとっては、むしろピンチはチャンスの移籍となる可能性がある。
チームも新たな船出
三浦大輔新監督の下で新たな船出となるDeNAが優勝争いに加わるための重要ポイントが投手陣の建て直しとセンターラインの強化だ。
エースの今永昇太が昨秋に左肩クリーニング手術、東克樹もトミージョン手術で長期離脱中、そこに井納の移籍と手薄な投手陣だが、新外国人として前ツインズの159キロ剛腕、F・ロメロ投手を獲得。昨年は不振に泣いた守護神・山崎康晃の復活にも光明を見出したい。
野手に目を転じると、昨年まで一塁を守っていたJ・ロペスが退団、そこに二塁手だったN・ソト選手のコンバートが決定。梶谷の定位置だった中堅と二塁の整備が急務となる。
ソトの抜ける二塁手候補は柴田竜拓以外、横一線で田中俊が打棒を生かせればレギュラーをつかむチャンスはありる。ドラフト2位で獲得した大学日本代表の4番、牧秀悟選手(中央大)あたりが食い込んでくるか、注目だ。「便利屋」として代打や他のポジションでも出場機会を増やす手はあるが、それでは巨人時代と変わらない。ここは正二塁手の座を狙いたいところ。
巨人からDeNAに人的補償で移籍して活躍しているのが平良拳太郎投手。16年オフに山口俊(現ブルージェイズ)のFAに伴いベイスターズの一員となったが、昨年も4勝ながら防御率2.27の好内容で首脳陣の信頼を勝ち得ている。もう少しさかのぼると13年オフに大竹寛投手の人的補償で広島入りした一岡竜司投手も、セットアッパーとして目覚ましい活躍で赤ヘルのリーグ3連覇に貢献している。
人的補償ではないが、巨人から日本ハムに移籍した大田泰示は今やリーグを代表する選手に成長。彼らはいずれも巨人では二軍暮らしが続いた。トレードや人的補償がその後の野球人生にプラスとなった好例だ。
監督が代わる年はチーム編成も大きく変わるケースが多い。野手出身の外国人監督から、投手出身の40歳台監督にバトンタッチされればなおさらだ。三浦監督は早速、期待の星として2年目の森敬斗選手の名を挙げたり、若手にもっと目立ってアピールしろと、チーム内の競争を煽って底上げを狙う。
分岐路に立ったエリート
巨人ではレギュラーの厚い壁にはね返されて二番手、三番手の座に甘んじてきた。走攻守三拍子揃っているが、一軍定着は実現できなかった。それを脱却するには、打撃なら打撃でライバルに差をつけるしかない。まさにアピールポイントを磨くことだ。
東海大相模高でセンバツ優勝、東海大で大学選手権優勝、社会人・日立製作所では都市対抗準優勝。田中俊の歩んできた軌跡は栄光と共にあった。巨人の3年間はちょっぴり自信を失いながら、それでも少しずつ手ごたえも感じ始めていた。
レギュラーにあと一歩。それをつかむか、つかめないかで、どれだけの者が分岐路に立たされたことか。田中俊にも奮起と爆発の時がきた。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)