攻守交替の前に“ひと手間”
3割打てれば一流とされる競技。それが野球。打者は7割の失敗を、3割の成功への糧とする。
凡退してベンチへ戻る際、悔しさや怒りを表情に出す選手もいれば、平静を装うプレイヤーもいる。一般的には、グラブを持って、ベンチを再び飛び出すまでの間に気持ちを切り替える。
そんな世界にあって、中日・根尾昂選手(20)は、凡退直後でも投手に気を配る。
春季沖縄キャンプの行われたAgreスタジアム北谷。「ショート一本でやりたい」と宣言し、遊撃のレギュラー奪取を目指してきた。
練習試合が始まれば、投手とのサイン確認は必須となる。イニング間にボール回しをして、投手に声を掛ける。その時に、二塁けん制の確認をする。多くの野手は、ここが最初の確認となる。
だが、根尾の場合は違う。凡退してベンチへ下がる。ベンチ前では、次のイニングからマウンドに上がる投手のキャッチボールが目に入る。このタイミングで、まず最初の確認。登板を控えた投手に近づいて“ひそひそ話”をしておく。
だから、攻撃が終わってグラウンドに飛び出し、ボール回しをしてから投手に対して行うサイン確認は2度目。この1回によって、サインミスのリスクを減らす。ひと手間を加えているのだ。
高校時代から変わらぬ姿勢
元々、ミスを減らす工夫はしてきた。
ポジションに着く際には、土のグラウンドは通らない。一塁側ベンチから遊撃の位置まで走る場合は、一塁奥の芝生から二塁後方を走る。土のグラウンドを踏むのはそれからにしている。
「なるべく荒れないように、荒らさないようにするためです」
ホームグラウンドは人工芝のバンテリンドームナゴヤ。ただ、過去2年間の主戦場は屋外の土のグラウンド・ナゴヤ球場。甲子園春夏連覇した大阪桐蔭高時代をひもとけば、整備が追いつかないスピードでゲームを消化していく甲子園でプレーしてきた。
「大会の日数を重ねれば、グラウンドの状況も変わっていきました」
コンディションが良くなる、悪くなると表現しないのも根尾の気遣いなのだろう。
大先輩も「成長している」
遊撃のポジションにこだわったキャンプも終わった。打ちさえすれば、ポジションは首脳陣が考える。根尾にできることは、バットで結果を残すことだけだ。
バッティングでは、立浪臨時コーチが20日間にわたり指導した。恩師は「振る力はついてきている。成長している。何かきっかけをつかめば、一気によくなる可能性はある」と評価した。
レギュラーをつかめるかどうかの分岐点については、「真ん中からインコースのボールが引っ張れるようになった時。その時はレギュラーに近いのかなと」と語っている。
ミスタードラゴンズが去り、キャンプ打ち上げ翌日となった2月27日の阪神戦(北谷)。7回の守備から途中出場し、8回先頭で打席が回ってきた。
阪神・西純矢が投じた真ん中やや内寄り、146キロの速球をライトの前へ。課題としている内角速球に対して詰まることなく、引っ張ってヒットにしてみせた。
「甘かったので、仕留められたので良かったです」
背番号7は短い言葉に思いを込める。これで練習試合は23打数8安打、打率.348となった。
勝負のオープン戦がスタート
オープン戦の目標は「最低.350」と掲げている。
昨季は23打数2安打で.087。ウエスタン・リーグだって.238だが、「失うものはないです。挑戦者です」。目標は高く掲げ、練習試合の段階では成績を残した。
3月2日、オープン戦が開幕。目標にどれだけ近づくことができるか、それとも超えているのか。誰にも分からない。4球団競合で入団して3年目。信念を貫く強さは持つ。そしてサイン確認を2度するように、周囲も見えている。
遊撃には、入団から4年連続で規定打席に到達している京田陽太がいる。壁は高い。突き抜けた打率を残し、京田のハードルを越えられるか。根尾のバットにかかっている。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)