「1番伸びたのは石橋」二軍キャンプでMVPに
球界最年長の43歳・福留孝介外野手が一軍昇格した3月18日、未来の扇の要候補の二十歳も合流した。
3年目の石橋康太捕手。ルーキーイヤーの2019年に一軍出場。球団では、高卒新人捕手の一軍出場は1952年の河合保彦以来67年ぶりで、ドラフト制後は初めてだったから話題になった。
ただ、昨季は一軍出場なし。上半身のコンディション不良もあって秋季教育リーグ「みやざきフェニックス・リーグ」の参加も見送っている。
春季沖縄キャンプは二軍読谷組だった。一軍・北谷組は正捕手候補筆頭の木下拓哉や、返り咲きを狙う加藤匠馬らが競っていた。
その中で石橋はたんたんと、そして地道に鍛錬を続けていく。
光が当たったのは二軍キャンプ最終盤だった。仁村徹二軍監督がキャンプMVPとして名前を挙げたのだ。
「うーん、どうでしょうね…。まあ1番伸びたのは野手の中では石橋かな」。
打撃ではパンチ力が付いた。マスクをかぶっては投手を支え、特徴を引き出す。
2月24日に沖縄・名護で行われた日本ハムとの二軍練習試合では、先発・西村天裕の初球を強振。左翼の防球ネット上段に当てる一撃を見舞った。
3月上旬に始まった教育リーグでは9試合に出場し2本塁打をマーク、打率.278の成績を残した。そして、福留と同タイミング、オープン戦残り2試合の時点で一軍に滑り込んだ。
亡き友への思いを胸に成長を誓う
かみしめ、味わった活躍を伝えたい相手もいる。
“東京ドームで暴れ回り、おいしいそばをかき込みたい”
千葉県四街道市出身で、高校は関東第一。小学生5年時に、野球チームの仲間を亡くしている。
友達の名前は柿野翔くん。突然のことにショックを受けて、事態を把握するのに時間がかかった。
「今でも生きているような気がするんですよね」
中学時代も時間を見つけては仏前で手を合わせた。
先述の“伝えたい相手”は翔くんの父・有さん。経営しているお店は「六常庵(ろくじょうあん)」。東京ドームの最寄り駅、水道橋から徒歩3分の距離に位置する。
昨夏、記者は同僚とお店を訪れた。混雑時間帯を避けて席が空いてきたのを見計らってのれんをくぐった。
そば粉のにおいが香る。作法をさほど知らずとも、一気にすするのが粋か。同僚の「のど越しがいいね」何て言葉に「通みたいなこと言っちゃって(笑)」と突っ込んだ。
おなかを満たし、周りを見回すとお客さんはもういなかった。そこで、有さんに身分を明かした。
すると「これ、見てくださいよ」。そう言われた。
携帯だったか、タブレットだったか。画面にはウエスタン・リーグの試合が流れていた。
「有料サイトに登録して、いつでも試合を見られるようにしているんです」。
昼過ぎに始まる二軍戦。有さんは業務の合間を見て、スイッチを入れる。お目当てはもちろん石橋だ。
真っ黒に日焼けし、体のサイズが大きくなる息子の友人の成長を見届けられたら最高。試合に出ていなくたって、ベンチにいる姿を見られるだけで十分。
「成長して一軍で活躍するようになってもらいたいですね。元気に動いているところを見ると、私がうれしくなるんです」と話していた。
ちなみに、石橋はすでにお店を訪れているという。
記者がそばをいただいた話をすると「オススメのお店です」と喜んでいた。
「また行ってくださいね」と話す表情は純朴そのもの。応援したくなった。
正捕手争いに立ちはだかる強力なライバル
正捕手争いの最大のハードルは木下拓哉となる。
昨季、チームの捕手陣として最多の出場数を誇り、打率も.267をマーク。盗塁阻止率.455は両リーグトップだった。昨オフは沢村賞左腕・大野雄大とともに最優秀バッテリー賞にも輝いており、キャンプ~オープン戦でも安定したパフォーマンスを続けてきた。
今のチームの注目は球団14年ぶり復帰となった福留の仕事ぶりであり、甲子園春夏連覇して4球団競合で入団した3年目・根尾昂がレギュラーを奪えるかどうか…。
しかし、注目度は劣っても、根尾と同級生・石橋の存在が頭から離れない。
「まだまだやることはたくさんあります。基礎を身に付けて、しっかりした野球選手になりたいです」
こう話し続けるのは、芯がしっかりしているから。
そばは痩せた土地でも花を咲かせ、実を付ける。強力なライバルがいようとも、置かれた環境で立場を築き、出場試合数を伸ばしていくのが石橋の役目。
二軍のキャンプMVPから始まった今季。二十歳の若手捕手は与田竜の戦力となる。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)