コラム

最初で最後の「100点登板」の先へ…中日・田島慎二、プロ10年目の再出発

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手術から復活を目指す中日の田島慎二

「12球」のリスタート


 メスを入れてから約1年…。初の実戦マウンドはやや気温が低く、風がビュンビュン吹いていた。

 4月9日(金)にナゴヤ球場で行われた、ウエスタン・リーグのオリックス戦。右肘の靱帯再建手術(トミー・ジョン手術)からの復活を目指す中日・田島慎二がマウンドに上がった。




 先頭打者の打球は左翼やや後方へ飛んだ。

 「まず1アウトだと思いました」

 フラフラッと上がった打球は風に舞った。左翼手は体の向きを入れ替えながら、少しずつ後退する…が、結果的として捕球し損ねた(記録は三塁打)。無死三塁から中前への安打を許し、久々の失点。背番号と同じ、12球のマウンドになった。



満点スタートの理由


 「マウンドに立てて、ボールを投げられてよかったです。それだけで十分でした」

 100点の評価をできるのは、リハビリを経てようやく実戦で投げられたから。

 投げた事実がすべて。加えて、走者三塁からその後の適時打で、走者一塁のクイック投球を確認できたのも収穫。

 投球練習の時点で、本拠地・バンテリンドームナゴヤよりも3キロ前後球速が出づらいと言われているナゴヤ球場で140キロをマーク。「自分の気づいていないところで力が入っていたんだと思います」と振り返る。


 ここまでは気持ちの波を調整してきた。

 1月に沖縄で大野雄大らと行った自主トレ。リハビリ組の田島は通常なら1度名古屋に帰り、チームスタッフの下で状況を把握してから、再度沖縄へ飛ばなければならない。これはルールだ。

 ただ今回、右腕は行ったら“行きっぱなし”を許されている。

 プロ10年目。これまで築いた田島とスタッフの信頼関係がある。事実以外は伝えない。報告に過小も過大もない。

 携帯での動画撮影により、練習風景をいつでもスタッフに送ることもできる。名古屋と沖縄でも、コミュニケーションは取れていた。


 一方で、守りに入ったのはキャンプ後から。約1週間、ブルペン入りをやめている。

 南国では打者相手に投げた。ブルペンでも腕を振った。

 「気温が下がるので、何もないとは思うんですけれど、あえてピッチングはやめました。せっかくここまできたんですから」

 暖かい方が体は動く。沖縄にいるメリットを生かし、キャンプ後は石橋をたたいて渡る。

 何が大切かを考えて行動した。リハビリを続けながら、新たな取り組みにもチャレンジした。


すべては“一軍マウンド”に返り咲くため…


 体は術前よりも締まっている。体重を落としただけではない。変化は意図的。「これまでと違うことをやろうと思いました。筋トレを取り入れています」という。

 ルーキーイヤーのオフから、鳥取のトレーニング研究施設「ワールドウィング」に通う。同施設の提唱する初動負荷理論は、いわゆる筋力トレーニングとは相いれない。

 「いろいろな考え方があります。やってみないと分かりません」

 右腕の選択は、筋力トレーニングと初動負荷理論の同居。やるからには、パワーアップして復帰したい。試してみて、答えが出るのをまっている。


 13日からの二軍遠征メンバーに加わった。

 「まだ投げ続ける体力はありません。ブルペンと試合で球数を投げて調整していきたいです」

 しかし、その表情は明るい。


 通算385試合登板。キャリアを生かすのは一軍マウンドでしかない。

 日々を丁寧に過ごし、一軍のマウンドへ…。居場所を取り戻す戦いは続く。


文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)
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