チームの窮地を救った若獅子たち
今年期待する選手の原稿を書くに当たり、人選を考えている間、埼玉西武ライオンズはネクストブレイクどころの騒ぎではない事態に陥っていた。
開幕直後に栗山巧が下肢の張りで、山川穂高は試合中に左足を痛め戦線を離脱すると、次は外崎修汰が足首の腓骨骨折。外崎に代わってセカンドに入り活躍を見せていた山野辺翔は4月10日、ヘッドスライディングの際に左手を痛め、外崎と山野辺は手術に踏み切った。
続く4月13日には木村文紀が腰痛のために一軍登録を抹消…。昨年、スターティングメンバーに顔を連ねていた選手が続々と姿を消している。チームの一大ピンチだ。
そんな危機を救ったのが呉念庭や山田遥楓、愛斗など、昨シーズンまでは一軍での実績があまりなかった若手野手陣である。
なんとか10勝7敗2分(4月19日現在)でリーグ3位に踏みとどまっているのは、彼らの奮闘があってこそだろう。
その中で筆者が特に注目しているのが、山野辺に代わりセカンドに入っている山田遥楓だ。
ファームで得た手応えとスキル
山田は2018年、プロ入り初ヒットが初ホームランという派手なデビューを飾った。
プロ入り前から福岡ソフトバンクホークス・松田宣浩の大ファンで、松田の「熱男」を真似たホームランパフォーマンス「獅子男」で一躍、脚光を浴びた。
しかし、2019年は4試合、2020年は8試合の一軍出場に終わる。
ただし2020年、シーズン途中に打撃フォームを改造したことにより、イースタンリーグの試合ではアベレージを残せるようになった。
プロ入り最多の62試合に出場し、打率.288の成績を残した。バッティングに関しては自信を持って迎えた2021年シーズンだった。
「一軍の試合に出られない歯がゆさですか? 昨年はめっちゃありましたよ。正直、一軍の試合、悔しくて見られなかったですもん。2年前、一軍が優勝したときもベンチにはいたんですけど、試合には出られなくてスタンドで試合を見ました。チームにいても自分が貢献していないと、勝っても心の底から喜べない。チームの役に立てていないので、悔しさのほうが勝ります。やっぱり活躍して喜びを分かち合いたいという気持ちが強くなっています」
主力の故障によってチャンスを得た。
起用された試合では、ファウルを打って粘り、なんとか塁に出ようと、必死に食らいついていく姿勢が見える。
2020年には、イースタンリーグの試合でファーストからサードまで、内野のすべてのポジションで均等に試合に出場した。
これだけケガ人の多い今のライオンズでは、おそらくどのポジションも守れるという山田のスキルは重宝されるだろう。
「いま思えば知っていてもらってよかった」
幾度かニュースにもなっているが、山田は右耳が全く聞こえない。先天性の難聴である。
以前、取材をした際に、本人に「難聴のことを記事にしても構わないか」と尋ねたことがあったが、満面の笑みで「もちろん」と答えてくれた。これまでは触れる機会がなかったが、今回、あらためて書かせてもらおうと思う。
筆者が山田のハンディキャップを知ったのは、山田のプロ入り直後のことだった。
二軍の取材に行くとカメラクルーが山田を追っていた。NHK・Eテレの『ろうを生きる』という番組の取材だと広報担当が教えてくれた。
そういえば、入団直後から、山田のインタビューの際には記者用の椅子が彼の左側に用意されていたことを思い出した。本人によれば、生まれたときから全く聞こえないそうだ。
それから山田に話を聞く際には、筆者も彼の左側に回るようになった。
「ライオンズに入団したとき、自分からは周りの選手に耳のことを言いませんでした。ハンデを持っていることを知られたくないという思いもありました。でも、みんなすでに知っていたんですよ。高校3年生の夏、『甲子園に出られるかもしれない』ということで、県大会の様子が地元のテレビや新聞でけっこうニュースになっていた。それで、自分が言わなくても知れ渡っていたみたいですね」
その後、『ろうを生きる』が放映され、ライオンズファンを含む周囲の知るところになった。
「最初は『知られるのは嫌だな』と思っていて、だから自分からは言わなかったけど、いま思えば知っていてもらってよかったと思います。実際、やっぱり不便なときがあるんですよね。片耳が聞こえないと、後ろから呼び掛けられても気づかない。以前は無視していると思われることもあったので、みんなが知ってくれていれば、そういう誤解がなくて済みますから」
アスリートが与える力と役割
いつも元気で、練習中も、試合中も、常に大声を出している。
今年の春季キャンプ中には、辻発彦監督から「ふざけて野球に関係のない声を出すのはやめなさい」と注意されたが、それも辻監督特有の愛情表現で、同じ佐賀県出身の山田に対して大きな期待を寄せているからだろう。
新型コロナ感染症の影響で観客が大きな声援を送れない今、試合中継では山田の発する声がテレビ画面からもはっきりと聞こえてくる。
今だから目立つが、プロ1年目から声を出してチームを活気づけるという、その姿勢は全く変わらない。
「ハンデがあることを跳ね返そうと努めて元気に振舞っているのか」と聞いたことがあったが、山田は笑って否定した。
「あえて元気にしているわけではなくて、子供のころからずっとこうなんです」。
野球が好きで好きで仕方がない。そんな思いが山田のプレーからは伝わってくる。
そして、もしかしたら彼には過剰なプレッシャーを与えることになるかもしれないが、どこか人と違うところがあっても、努力次第ではこうしてトップカテゴリーで戦うことができるのだと、その活躍と元気なプレーで、ハンディキャップを持つプレーヤーたちに示してほしいとも思う。
欲を言えば、社会全体が新型コロナウイルス感染症で意気消沈する今、山田のプレーを見て元気を取り戻す人が一人でも増えてほしい。
プロ野球選手を初めとするアスリートには、試合に勝つという使命とは別に「見ている人に力を与える」という、大切で、尊い役割があると常日頃から筆者は感じている。
見も知らずの赤の他人に、何らかの影響を与えることができるという力は、誰もが持てる能力ではない。限られた、わずかな人間だけが担うことができる使命だ。そして、山田のプレーにはその力があると筆者は思うからだ。
外国人選手が入国し、政府に定められた隔離期間を終えてチームに合流しつつある。内野であればどこでも守れるコーリー・スパンジェンバーグが現時点ではセカンドに起用されるだろうというニュースも見る。山田がレギュラーを勝ち取れるか否か、今が正念場だろう。
しかし、レギュラー以外の実力の底上げを課題としているライオンズにあって、これからも山田らの活躍が鍵を握っていることは間違いない。
文=市川忍(いちかわ・しのぶ)